リンクビーは発達障害のある方のための就労支援サービスです

リンクビーブログ「学ぶ人たち」

リンクビーブログ「学ぶ人たち」

僕は小さいころからずっと、自分には何が足りず、何を必要としているのかもわかりませんでした。しかしADHDに効果のあるお薬を飲みはじめてからは、自分が置かれている状況について考えられるようになっていき、あるとき「僕は僕を理解してほしいらしい。しかし僕は、他の誰か1人でも理解しようとしていただろうか」と過去を悔いました。

 

そうして僕は、人を言葉で理解することを目指し、コミュニケーションについて、それまでより懸命に真剣に考えるようになりました。

 

ところが、ずっと考えのあやふやな状態だった僕が人を理解しようとするには、言葉をとても細かく扱う必要がありました。こうしてコミュニケーションについて試行錯誤をはじめた頃の僕は、非常にカタい言葉づかいでした。

――先ほどの「言葉で理解すること」も、当時の言い方では「厳密な言語的表現により知見を拡張し、身の振り方を模索する」というようなものでした。

 

あるとき私は「人に理解してほしいのであれば、まず自分が自分を理解している必要がある」と思いました。それから「自己分析」に重きを置いて就労移行支援事業所を探すこととし、答えに選んだのは「リンクビー」でした。

 

こうしてリンクビー大手町で就職活動を始めましたが、その前に大きな課題がありました。

私は障害特性として過集中になりやすく、また体調が不安定だったので、もし就労するとなっても仕事を続けられるのか、という不安を解消したかったのです。

 

私は、リンクビーへの通所をとおして、自らの体調安定に有効な方法を試行錯誤しました。職員さんにクッションやアロマの持参を相談したときも、真剣に検討していただいた上でご許可もいただき、とても親切にしていただいたお蔭様で、体調の安定を具体的かつ効果的に実現することができました。

 

それから実際に求人へ応募するフェーズに移行しましたが、私の話し方はなんともカタく、内容もきわめて抽象的で、また場の空気を考えて話す/動くということも苦手でした。これらの苦手さに加えて最終学歴は高校卒で、就労も障害者雇用枠とあっては、適職の発見や就労は、とても狭き門でした。

 

そのため就活をすればするほど、自分の状況を冷ややかに見つめては不安になって、挙句の果てに私は、友人と遊ぶたびに「おい、就職しろよ」などと言い出すほどでした。

 

しかし、リンクビーへの通所の中で、話しているときに気をつけるべきことや、その考え方を自分なりに理解していけたことで、今までの私には無かった「社会の一員としての生き方」が築き上げられていきました。

 

こうして適職を発見すること、それから念願の就労も達成できました。

 

私は、リンクビーで新たな自意識と自覚を得ましたが、今後はこの自分らしさを意識しつつも過去の後悔や柵を忘れずに、それでいてただ悲観するようなことも無く、安定就労を叶えたいと思っています。

 

リンクビーは、ありたい自分(ビー)に繋がる(リンク)ための環境が様々な面で整っているところだと思います。

 

現在通所されている利用者の皆さん、そしてこれから通所しようかと悩まれていらっしゃる方も、自らに必要なことが何かを見きわめてから、焦らずに試行錯誤/検討を重ねることで、納得感に満ちた生き方が実現できると思います。

 

私も、本稿をお読みの皆さんも、人生はこれからも勝手に進んでいってしまうことと思いますが、頑張ることはもちろんいつでも休むこともできます。しかし、そうしたくてもそうできなくて、苦しみのド壺にハマってしまっているのであれば、リンクビーは、きっとその助けになってくれると思います。

 

末筆となりましたが、職員そして利用者の皆さん、1年間ありがとうございました!!

 

職員さんにはこれからも、利用者さんに親身なスタイルを貫いてくださいますよう、お願いします!

 

 

 

(職員から)

何事にも積極的で向上心の強い隈図言さんには、ぴったりの企業に就職が決まりましたね。隈図言さんと職場が、どんな化学反応を起こすのか、とてもわくわくしています。しなやかに、したたかに、時を積み重ねていってください。

    入所までの経緯

約16年間一般枠の様々な場所で働いてはみたものの、集団に馴染むことができずに失敗を繰り返し続け、思い悩み続けていました。そんな姿を見かねた母より心療内科の受診を薦められ、そこで発達障害の診断が下った時、内心で安心感よりも今後の人生に対する不安が勝っていました。

 

その後、地域の支援スタッフのサポートを受けながら障害者枠での就職活動を始めましたが、当時の私は「早く復職しなければ。無職は嫌だ!」と焦燥感に駆られており、それまでの事を反省する心の余裕はありませんでした。当然そんな状態では就職活動もままならず、やっとのことで入社した復職先でも、焦燥感と自己理解不足が原因となり、長続きすることはありませんでした。

 

退職後、支援スタッフから人との関わりの中で今一度自分を見つめなおす時間と場所が必要だと云われ、いそひとリンクビー大手町を紹介されました。

GW直前、不安と緊張感で一杯の中での体験入所中にある職員の方から「ゆっくりやっていこう」と優しい笑顔と言葉を頂いた時、ふっと焦燥感から解放された事を今でも覚えています。

 

 

   入所してから

そしてGW明けから通所を開始。その中で色々な事がありました。

初めての個人課題発表の際に周囲から「こんなに弾ける人とは思わなかった。」と言われたこと、

自己探究研修の中で自らの失敗経験を振り返る中で「そんな風には見えない」と言われたこと、

チーム形式で取り組む課題の際、リーダーとして意見交換や作業割り振りだけでなく、休んだ人分の作業フォローや職員さんへの報告等やること満載の中、全員でやり遂げる事ができた事。

 

そんな通所の日々を過ごしていく中で、自分の今までの失敗と焦燥感の源が「思い通りにならないと気が済まない」特性であることに気づく事ができ、それ以降人からの意見を聞く為に私の口癖は「~だと思うんだけどどうだろう?」になりました。

 

 

   就職活動を開始してから

そして昨年の秋頃、就職活動を開始。活動内容自体は学生時代に経験しているので程よい緊張感の中で進めることが出来ました。ただ以前と違うことは周囲と連携しつつ焦らずに一つ一つのステップに時間をかけて行うことを心掛けた事です。

 

会社見学、書類作成、企業選定などを約4ヶ月にわたって行い、年明けからは企業実習にも参加し、参加時には「いつも通りをいつも通りに」を目標に、通所時と変わらずに行動する事を心掛けたお陰で良い評価を頂く事ができました。

 

そして2月末、緊張の中で迎えた一次面接。今までの通所で見出してきた事を飾らずに伝えたのが良かったのでしょうか。無事通過することが出来ました。

しかし二次面接に向けて準備を進めていた最中、想像だにもしなかった事が起こりました。

 

 

   コロナ、そして・・・

4月上旬、緊急事態宣言に基づいた在宅体制に入ったことで環境が激変。通所も就職活動もすべてオンライン、外出もほぼ自粛の中で窮屈な思いを強いられながらも、実習の際に立てた目標である「いつも通りをいつも通りに」を思い出し、今出来る事を粛々と進めてきました。

 

そしてオンラインでの二次面接。対面時と変わらぬ姿勢で臨み、通所開始から約一年が過ぎた日に内定通知。PCの画面前で静かに喜びに震えました。

 

そして今、一年前とは劇的に変化した環境の中でこの記事を書いています。

入所前には想像できない位様々な事が自分の内外で変化しました。その中においても自分が出来る事は「焦らずに、いつも通りをいつも通りに」を心がけ、周囲の言葉に耳を傾けて行動することだと今は思います。

 

 

   最後に

ここまでサポートして頂いた職員の皆さん、リンクビー及びいそひとのメンバーの皆さん、有難うございました。皆さんからは言葉の有無に関わらず、様々なメッセージを頂きました。

 

そしてこのブログを読んでいるであろう皆さん、いそひとリンクビー大手町はお互いを見つめ直し、一緒に前に進む事ができる場所です。そして誰もが「焦らずに、いつも通りをいつも通りに」できる人になれると私は思います。

 

 


(職員から)

どんな時もまっすぐで誠実なNさん。リンクビー通所時は体調管理をしっかりされ皆勤賞

の常連でした。これからも自分らしさを大切にされてください。




 

 

1.     リンクビー通所前

私は、新卒で約三か月間働いていました。しかし、同じミスを何度も繰り返して怒られる、仕事の指示の意味が分からないなど、仕事ではかなり苦戦していました。そこで、インターネットで調べてみたら、発達障害がヒットし、調べたら自分とよく似ていると思いました。そこから、病院で検査をしたら発達障害と診断され、ソーシャルワーカーの人からリンクビー大手町を勧められ、見学を経て通所を決めました。

 

2.     通所開始時

最初はうまくやっていけるかどうかでした。しかし、周りの利用者や職員の人たちのサポートもあり少しずつですが、溶け込んでいくことが出来ました。

 

3.     訓練

リンクビーでは様々な訓練がありますが、一番ためになった訓練は自己探究研修でした。理由は、自己探究研修を繰り返していくうちに、自分は何がしたいのか、なんのために働くのかなどの就職する上での軸を理解することが出来たからです。

新卒の時は、全く考える機会がなかったのでこの自己探究研修はとてもためになりました。

それから、タイピング練習です。私は新卒まではあまりタイピングが得意ではなく苦手意識も強かったです、訓練で始めたころは、そんなに早く打つことが出来ませんでしたが、繰り返しやっていくうちに上達するようになり、すごい達成感を感じました。

 

4.     サポート

訓練以外でも職員の人たちは手厚くサポートしてくれました。例えば、面談の時には、毎回、様々な丁寧なアドバイスをもらいました。そのおかげで私は、様々な面で成長することが出来ました。また、リンクビー以外のことでも悩み事での相談も、聞いてくれたので迷いなく打ち明けることが出来ました。

 

5.     企業実習~就活

通所から半年ぐらいたったころ、そろそろ企業実習を受けたいと思い、就活に向けて動き始めました、企業実習は2社ほど受け、そこで自分が気付かなかった課題を発見することが出来ました。

そしてその後、本格的に就活に入り書類添削や面接対策を本格的に行い始めました。大変でしたが職員の人たちのサポートもあり無事に内定を得ることが出来ました。

 

6.     最後に

職員や他の利用者の皆さん、1年4か月の間でしたが本当にお世話になりました。リンクビーがなかったら私は道を踏み外したままだったと思います。このリンクビーでの経験を生かして、新たな職場でもしっかりやっていきたいと思います。

本当にありがとうございました。

 

 

(職員から:まわりに流されず、いつも平常心を保っていたKamoさん。人望が厚く、隠れた人気者でした。これからも自分らしく、人生を楽しんでください!)



前職がうまくいかず、怒られてばかりで悩んでいました。両親から就労移行支援事業所をすすめられ、リンクビー大手町を見つけました。発達障害専門の就労移行支援事業所で実際の職場を想定した環境や職業トレーニングに感銘をうけ、利用を決めました。


通所はじめは右も左もわからず、フリーズしてしまうことも多かったですが、利用者さんたち、職員からのアドバイスで「この時はこうすればいいんだ」「積極的に声をかけていいんだ」と自信がついてきました。

そして現在、誰とでも積極的に声をかけたり、何かあれば職員や周囲に報連相などコミュニケーションをとるようになりました。

 

就活ではリンクビーの就活担当やハローワーク、ゼネラルパートナーズ本社、相談できるところにはどんどん相談しました。工夫したことは、「記録をつけること」。ノートに取ったメモをWordにおこし、リンクビー職員も見られるように、自分でも見やすいように説明会や面接の記録を作りました。

 

最後に皆さんへのメッセージ。リンクビーは「失敗しても大丈夫」な場所です。失敗しても職員に相談し、改善していけば、失敗が減っていきます。

 

では皆さん良いリンクビーライフを!


(職員から)
 就活でつらいときでも元気のいい挨拶を忘れなかったKさん、自分へのご褒美や趣味を楽しみながら、自分らしい人生を送ってください!!




 

   通所に至った経緯

私は、リンクビー大手町に通所するまで、過去に2社の勤務経験がありました。

1社目の勤務の時に東日本大震災が発生し、そのPTSDが原因で手足の震えや、不眠の症状が現れ、当時勤務していた会社の近くの心療内科にて鬱病の診断が下りました。

しかし、中々症状が改善されず、違う症状を疑った両親の勧めで現在の通院先にて発達障害(ASD)の症状が判明いたしました。

役所との話し合いを実施し、中々気が進まない中、合同面接会を受けるも上手くいかず、何度かの話し合いで、リンクビー大手町への通所へ至りました。

 

   通所開始当時

通所開始当時は、周りと上手くいくか不安でしょうがなく、また体力に問題があり、週4日の10時~15時スタートでした。

当時は、PCのスキルがあまりなく、どのようにコミュニケーションを取っていいか全くわからない状態でした。そんな中職員の方々の声等でなんとか通所への不安を取り除き、周りの利用者の方々との関わり方を良くして行きました。

そして、通所開始2カ月後から10時~16時の利用時間になりました。

 

   蝸牛型メニエール病を患う

通所開始4カ月目に入り、そろそろ週5の通所に入ろうと思っていた時に、リンクビー大手町で突然酷い耳鳴りと眩暈に襲われ、自宅近所の耳鼻咽喉科へ行き、蝸牛型メニエール病との診断を受けました。治るまで時間を3カ月ほど費やし、お茶の水の病院でMRIを取るなど大変な治療でした。

この時期に、リンクビー大手町の職員の方々に耳の調子のことを話したことで、体調の安定が大きな課題であるということが分かりました。

そして、この時期に始まった「自己探究研修」を受けるため、やや困難でしたが、週5での通所に入りました。当初、この「自己探究研修」を受けるのはあまりいい感じではなく、また耳の不調もまだ復調していなかったので、この時期はいい状態ではありませんでした。

 

   本格的に研修に取り組む

ようやく、蝸牛型メニエール病が治まり、身体が良い状態へとなった時、グループワークに取り組もうという話しになり、初めてリーダー役というものに挑戦いたしました。

耳の状態のことを考えると、結構無謀なことでありましたが、ただ受身の体制にいるのでは、何も変わらないだろうということで、挑戦いたしました。

 

結果としては、それなりなものが出来、良かったと思いました。その後、周りの利用者の方々と上手く行ったことで、就活研修やビジネス研修、先述した自己探究研修等を受けることがあまり苦にはならなくなりました。

また、PCスキルも周りの利用者の方々の教えやテキストを読むことでそれなりに出来るようになりました。

しかしながら、人混みや大きな雑音が苦手であり、そして障害特性への理解も進まず、本格的な就活には入ることが出来ませんでした。

 

   企業訪問から始まった就活

私はリンクビー大手町に通い出した当初、就活に対しても受身姿勢でした。そのため、どこの企業に行くかは、ほとんど考えていませんでした。ただ単に、人混みと雑音さえなければいいとしか考えていませんでした。

そのため、最初の企業訪問は周りの利用者が行っているからとりあえず行ってみようかぐらいにしか考えていませんでした。当時、そういうこともあってか、この企業に行こうというより、外の空気を吸って息抜きをしようという感じでの就活でした。

多くの企業を訪問し、またリンクビー大手町での事業所見学会にて訪問される企業の方々を見て、選り取り見取りだったにも関わらず、本格的に就活とまでは行きませんでした。

 

   環境を変えて

2019年に入り、そろそろ、就活に入りたいとリンクビー大手町の職員の方に尋ねたところ、一度リンクビー秋葉原にて、環境を変えての実習を受けてみたらという話しになりました。当初は、あまり乗り気ではありませんでしたが、受けることになりました。

環境を変えてみたことで、大きな力になりました。自分自身が今まで、大手町の環境に甘えていたことと、事務で必要とされる力がまだ足りていなかったことが分かりました。

 

結果、リンクビー秋葉原には2週間実習を受けさせていただきましたが、就職したら必要となる部分が何かを知るいい機会でした。その後、リンクビー秋葉原にて実施されている事務実習には、3カ月以上にわたり時々お世話になる形を取りました。

 

   本格的に実習

リンクビー大手町に戻り、企業実習を受けたいという話しを職員の方に相談し、一社実習を受けさせていただきました。

その企業では、実習内容としては軽い内容ではありましたが、データ照合で正答率は高いものの普通の人がやる量の倍のスピードでやってしまい、飛ばしすぎてヘトヘトになり、その時の口調が荒っぽくなる悪い癖が出るなど、過集中な部分が出てしまいました。

また、そのヘトヘトな部分が影響して軽作業に時間が掛かりすぎて周りの方々より処理するスピードが結局遅くなるという、バランスの悪い部分が出るなど、就労するときに悪影響を及ぼす部分が分かりました。

 

   面接・書類作成

書類作成は、過去にあったものを参照にしたことと、職員の方々のアドバイス・添削を含めて、タイミング良く出来ました。しかし、面接対策では自分の姿をいい形にするという作業が中々出来ず、そこで躓いていたところがありました。

就活研修・自己探究研修・ビジネス研修を受け続けるに従って、どのように面接に取り組んだらよいかをしっかり学ぶことが出来ました。

また、企業面接の時には、リンクビー大手町の職員の方々の指摘・アドバイス、良い所・悪い所のフィールドバック等があり、そのことが、非常に大きな成果に繋がりました。

そして、2年という長い通所期間でありましたが、ようやく新たな道にたどり着くことができました。

 

   これから...

リンクビー大手町・秋葉原の多くの利用者・職員の方々と、2年の通所期間の間、様々な関わり合いがありました。得意でなかった人間関係の構築や、PCのこと、さらには報連相といったコミュニケーションのことと多くの学びがありました。

体調を崩しやすく、2年間通所させていただくことになりましたが、この場で得たことは、非常に多かったです。就職が決まらないことへの焦りは若干ありましたが、多くの方々のサポート体制があってこそ、この結果に繋がったと思います。

これからは、今まで上手く行かなかった部分がどこにあるのかをしっかりと受け留めて行きたいと思います。

 

   最後に、職員・利用者の方々へ

ちょうど2年間、本当にお世話になりました。多くの職員の方々のサポート体制が無かったら、このような新しい道に繋がることは無かったでしょう。

「場」に適応する不安がある中で、リンクビーの職員の方々は最後までサポートしてくれました。この2年間を大切にし、これからは体調を万全にして、新たな場でしっかりとやっていく所存であります。

 

そして、利用者の方々へ。

様々な利用者がこの場には居ました。この場を借りて御礼申し上げます。

これから利用する方々もいらっしゃると思いますので、この場でメッセージを添えます。

就活で焦ることは、失敗を招くことです。ですから、焦ることをしては絶対いけません。

通所の安定と体調の問題をどうやってクリアするか。そのためにも、このリンクビー大手町の職員の方々への信頼関係を築くことが大事です。

 

障害特性を理解する。

多くの職員の方々の、アドバイスやカウンセリングを通して、自分の障害特性を理解し把握すること、これは非常にきつい作業です。

ではありますが、障害者枠での就労となると、このきつい作業がいかに重要か、この部分がこれからの新たな道に繋がると思います。特に自己探究研修や業務報告書を見直すことで、この作業は大きな足掛かりになると思います。

そして最後に、利用者同士で仲良くコミュニケーションをしっかり取ることです。特に、土曜開所のOBOG会では役に立つ情報を得ることが出来、様々なことを知ることが出来ました。

これらを有効活用し、計画を立てて行けば、新たな道に進めると思います。

 

最後に、非常に長文になり、読みづらくなったことをお詫びいたします。

ではありますが、皆様のこれからをお祈りして、このブログを締めさせていただきます。

2年間お世話になり本当にありがとうございました。皆様のご健闘をお祈りしています。

 

(職員から)

私生活でもアクティブなロッドデビットさん(仮名)。人生を思いっきり楽しんでくださいね!

先日、リンクビー大手町を卒業させていただきました!卒業生のアイダホ(仮名)です。

この度、1年3ヵ月程の通所で無事に理解ある企業様に就職することが出来ました。

振り返ってみると長かったような短かったような不思議な時間だったなぁと思います。

 

私がリンクビーで学んだことの一つが「人から恥ずかしがらずに学ぶことの大切さ」です。

私は10代の頃から夢を追いかけて挫折し、その後定職に就くこともなく

何年も引きこもり生活を続け、さすがにこのままではマズい!...と一念発起し

医師からリンクビー大手町を紹介していただき、体験通所を経て利用者としてリンクビーに通所することとなりました。

 

実務経験がなく発達障害の知識も浅い私にとって模擬職場であり発達専門のリンクビーは初めての事ばかりで、職員さんや利用者の先輩方にひたすら聞いて回る毎日でした...。

そんな自分が嫌になることもありましたが、私が質問した皆さんの中に「そんなこと自分で考えなさい」という方は一人もいませんでした。

 

そうやって人から学ぶを繰り返しているうちに、仕事を最低限こなすうえでのPCなどのスキルや就活に関する知識なども身についていきました。

職場実習先で指導役の方に必ず仰っていただけるのが「わからないまま進めるのが一番ダメ!何かあったらいつでも相談に来てくださいね。」という言葉です。

 

何でも人に聞くってずっと自分の良くない部分だと思っていましたが、人に聞くって実は一番早くて確実なんですよね。

だから「不明点を早めに解決して次に進められる」という自分の長所なんだと今は思えるようになりました。

そしてそれを理解できたのは質問しやすい環境を常に用意してくださる職員さんや利用者の皆様のおかげです。

 

これから通所を検討されている方、通所間もない方は不安もあるとは思いますが、

ここにあなたの「なぜ?」や「わからない...」を拒む方は一人もいません!

自分の成長のためにどんどん不明点は人に聞いて解決していきましょう!

 

そして自分の過去を周りに受け入れてもらえるか不安な方、また自分のように前職がない事に負い目を感じている方もここにあなたの事を笑う人は一人もいません!

安心してリンクビーに飛び込んでみてください!

普通のサラリーマンになりたくなくて、しょうもない夢を追いかけ挫折しておいて

「普通のサラリーマンにしてください!(´;ω;`)」とリンクビーに泣きついた私でも就職できたんですから皆さんなら大丈夫です!

 

この一年本当に楽しかったです!職員さん、利用者の皆様ありがとうございました~!

 

(職員から)

普通のサラリーマンになっても、「アイダホさんらしさ」は失わないでくださいね!


 

私は以前、某会社にて清掃要員として働いていました。しかしそこは過酷な肉体労働が多く、その割に給料もあまり多くなく、次第に 「本当にこれで良いのだろうか...」――という疑問に苛まれる様になりました。


 そんな状態で日々を過ごしていた中、リンクビーの存在を知りました。


"発達障がい者専門の就労移行支援事業所"という事で、「ここに通えば今度こそ私にあった仕事に就けるかもしれない」――と思いました。

 

冬に前職を退職後、体験通所させて頂きましたが、事情により本通所に至るまで5ヶ月掛かってしまいました。諦めずに通所希望を持ち続けて良かったと思います。


 リンクビーでは主に実際の業務を想定しての"職業トレーニング"が行われていますが、そこで私が最初に思い知ったのが "報告連絡相談" の大切さでした。通所したばかりの頃はその "報連相" も満足に出来ませんでしたが、紆余曲折あって、気がつけば少しずつ自分から  "報連相" 出来るようになりました。


 この他にも、EXCELWORDPOWERPOINT等の技術を学ぶ "PC研修" 、ビジネスマナーやストレスへの対処法、メモのとり方を学ぶ研修、就職活動や就職に関する様々な知識を学ぶ "就活研修" などで、就職への準備を進めました。タイピング練習の時間もあり、そのお陰でタッチタイピングが出来るようになりました。

 

就職活動は夏あたりから少しずつ進めていきました。企業様の見学・説明会、東京しごと財団の職場体験実習面談会、ハローワークの面接対策セミナー・障害者就職面接会等、 "出来る事はどんどんやろう" というスタンスで進めていきました。


そして本通所から10ヶ月経った先日、遂に企業様から内定を頂けました。

 

今振り返れば期待と不安が入り混じった日々だったと思います。ようやく再スタートを切る事が出来、取り敢えず今はホッとしています。


まず "安定通所" と "報連相" に力を入れる、そうすればいつか必ず就職出来ます!、と断言しておきます。


最後になりましたが、職員・利用者の皆さん、今までありがとうございました。

 

時間が出来たらOGOB会にも顔を出してみたいと思っていますので、その時はよろしくお願いします。

 



 

   通所までの道のりとその後の自分

私は、幼少期(3歳頃)に発達障がいと診断されていたにも関わらず、興味本位で去年一般枠の営業で働いていました。しかし、障がい特性の一つである「空気や周りの状況を読むことが出来ない」ことがきっかけで、相手(クライアント)の意思やニーズを汲み取りながら成約を結ぶ事に当時は大苦戦しておりました。これらの問題もあり、ハローワークの方と相談して退職することになりました。

 
 その後、ハローワークの方と再び相談をして、障がい者枠として就職活動を行なう事を決めたものの、その前に「リンクビー秋葉原」の就労移行支援事業所で①障がい者枠での業務経験、②自身の障がいを知り理解する、以上の2つを訓練を通じて養うよう伝えられ、リンクビー秋葉原への通所を決意しました。

 

 通所してからまず始めに3ヶ月間はプログラム参加をメインに行なっていましたが、私自身の社会人経験が非常に浅いということもありPCを使った作業においては「業務スキル」ではなく、「趣味・特技」の領域としてその場を乗り切っていくしか無かったので、正直なところ大変ではありました。

 しかし、何回も異なる業務や研修を体験していくうちに、周囲の方(職員と利用者)とも次第に打ち解けられるようになり、周りと相談を繰り返していった事により一つ一つこなしていけるようになっていきました。

 

   就職活動期間

元々通所を始めてから無遅刻・無欠席・無早退をずっと繰り返して来たので、安定通所に問題はなく3ヶ月経ってから就職活動前準備(書類作成・添削)1ヶ月間行い、終えた後に就職活動を開始しました。ただ、実際は通所を始めてから1ヶ月後に「事業所見学会」において実際に内定をいただいた企業様から実習のお誘いが来ていたので、その企業様の実習に参加した時点で私の就職活動が始まっていたのかもしれないと今では感じております。

 

実際、就職活動を本格的に始めてからは職員の方には結果報告は随時行なってきたものの、面接対策や志望動機固めなどは全て自主的にリンクビー秋葉原のプログラム終了後に自宅に帰ってずっと寝ずに模索していました。そのため、書類選考や一次面接は通過する事があっても最終面接で躓くといった足踏み状態が2ヶ月ほど続いていました。そしてハローワーク経由での実習においても、業務は一つ一つこなせても、人事の方との意見や考え方が合わずに不採用になるケースが続いていました。

 

 そのため、一番始めに行った実習先だけが唯一私の全てを受け入れてくださり「採用したい」という気持ちが企業様側にあったので、私もその気持ちに応えて面接選考を受けた結果、就職活動を始めてから3ヶ月経ち、無事に内定を取ることが出来ました。

 

   利用者に向けてのMessage

私は、リンクビー秋葉原のプログラムを通じて是非とも利用者の皆さんと、これから通所を希望している方に向けて以下の3点を行なって欲しいと考えております。


1.   体調に負けないで欲しいこと

 ご自身の体調と向き合い、できるだけ安定してから就活を始めるとは思いますが、就労移行支援事業所に通所してからは、体調を安定させている時間よりも就活をしている時間の方が一番時間がかかる上に、終わりが見えにくい領域に入ると通所してから感じました。

 そして何よりも、どんなにスキルがあっても、どんなに仕事が出来ても、やはり「体調を安定させる」という事は、就活を行うにあたっての前提条件となってしまいます。だからこそまず始めに体調に負けずに、今を頑張って欲しいと思っています。

 

2.   計画的に動き、できるだけ早めに就活フェーズに入ってほしいこと

前項の「体調に負けないで欲しいこと」でも記述しましたが、就活フェーズに一度入ったら後戻りは出来ない上に、人によっては長期間時間がかかることもあるので、「終わりが見えにくい世界」に突入することになります。

だからこそ、Step1:安定通所期間(3ヶ月)Step2:応募書類作成・添削期間(1ヶ月)Step3:就職活動期間(3ヶ月・5ヶ月 又はそれ以上)という段取りをあらかじめ自分の中で計画して、取り組んで行くことが大事だと思っています。

そうする事によって、例え終わりが見えなくても自身の就職活動期間に対して余裕が出来たりゆとりを持たせたりすることが出来ると思っています。

 

3.   ハローワークや転職エージェント等、複数の手段を、最終的には自分で慎重に選んで欲しいこと

就職活動において、ハローワーク・転職エージェント(atGP)・その他をどちらか片方あるいは全て選択して就職活動を始められる人が多いのではないかと考えております。

就職活動をする上においてはお互い(利用者と相談相手)がお互いの事を理解して協力して行くことによって、よりミスマッチの起こりにくい就職活動を行なうことが出来ると思っています。最終的には、支援機関やエージェントも、自分で決める事。就職活動も自分で決めていく事が、大切なのだと思いました。

 

 

改めて、7ヶ月という短い期間ではありましたが本当に今までお世話になりました。

皆様の就職活動が上手くいくように心からお祈りしています。

 

本当に今までありがとうございました!!



私は昨年の5月上旬、リンクビー秋葉原に入所しました。

ですので、9ヶ月の道のりでした。

 

受けた企業は20社。最終面接まで行けたのは、そのうち3社。

決して平坦ではない就職活動でした。

 

最初私は支援者を目指します。しかし、職員との面談を重ねるうちに、私は人と喋りたいだけであって、人の話は聞かないという、決定的な事実を指摘されます。

 

そこで、職員と話し合い、支援者の道は、今までも繋がっていた自助グループや当事者研究を極める事にし、就職はお金で苦労していることから、以前の生活水準を取り戻すことを目指し、自分の持っているスキルであるCADオペレーターを目指す事にしました。

 

その中でも

A.建築土木以外の分野

B.建築土木の分野

 

――の優先順位で就職活動をすることにしました。

さらに、Aでは実習付きである事が、不安感を払拭できるために望ましいと思いました。

 

Bでは、以前の会社でのトラウマを思い出すこともあるので、Aの新たな分野で働くことが、精神衛生上いいかと思ったためです。

 

11月末にあっさり最終面接にこぎつけましたが落ちてしまい、12月からまた仕切り直しの就職活動でした。新たに活動すると2ヶ月半かかると職員からは言われていたので、2月内定を目標に動き出しました。

 

結果、

①ハローワーク

②ゼネラルパートナーズ

③東京しごと財団

 

という使える物は全て使うという総力戦で望みました。当然、使える職員も全て使うという事もやりました。

 

結果、履歴書の内容、面接スキルは見違えるほど上達し、先に進んだ企業も増え、自信もつきました。

 

最終的には①③の企業、しかも、CADオペレーターではなかなかない実習付きという、希望にかなう形を経験することができました。

 

リンクビーの最終日の挨拶でも言いましだが、私はリンクビーを信じられないところからスタートしました。

しかし、最終的には全利用者、全職員を信じています。

 

あとに続く人たちへ

 

就職活動とはつまらない物です。

そんな中で、いかに気持ちを持ち上げられるか、モチベーションを保てるかが成功の鍵かと思っています。

 

リンクビーは気持ちを持ち上げる企画であふれています。

私は自分の企画した土曜企画で、実習で沈んだ気持ちを持ち上げました。

職員、利用者、プログラム、何でも利用してください。

 

そして、自分らしさを見つけ出して下さい。

未来の幸ある姿を期待します。





1.     通所することになった経緯

 

私は大学を卒業後、就職しましたが、人の話の聞き取りがなかなかできず、特に電話対応には苦戦しました。最終的にはミスに繋がり、ストレスとなってわずか2ヶ月で退職に至りました。その後、資格取得を目指したいと思い、医療系の専門学校に入学しました。ところが、実習や授業の中で、集中力が続かない・授業の話が聞き取れない・同じ事を何度も聞いてしまう・手先が不器用等から、とにかく過剰なミスや勘違いが頻繁に起きました。

 

当初は、うつ病など精神的な病を疑っていましたが、それだけではないと感じ、精神科を受診した結果、発達障害の診断を受けました。主治医からは、「資格取得や医療の道を目指すことは厳しい」と言われておりましたが、心の中では「悔しい」という気持ちが本音でした。そんな辛い中で、何とか専門学校は卒業・資格取得ができ、その後、主治医からの紹介で、リンクビーへの通所を決断しました。

 

 

2.     通所を始めてからの自分

 

最初は、プログラム内容を見た時、私自身の社会経験が非常に浅いということもあって、ついていけるのだろうか...といつも不安を募らせていました。そんな中、職員の方や他の利用者の方からのフィードバックがとても役立ちました。そのことから、「分らないことは、どんなことでも聞こう」と思うようになり、「些細なことでも報・連・相」を意識してプログラムに参加していました。

 

また、私がリンクビー秋葉原に入所したばかりの頃は、自信の無さが常にあり、学生時代の頃も含めて考えると、いつもマイナスの考え方をしてしまう癖がありました。そのことに気付かされたのは、職業トレーニングというプログラムで、グループワークを行った時のことでした。他者からの指摘や注意に対して、常に謝ってしまう癖や過剰な自責があり、その点を少しでも改善していきたいと考えるようになりました。

 

 

3.     就職活動開始~内定をいただくまで

 

就職活動を本格的に始めたのは、7月頃でした。プログラムの研修にも慣れてきて、コミュニケーションも比較的取れているとのことから、就職活動を開始しました。しかし、自分の障害特性や障害に対する配慮事項が自分の中ではっきりとまとまっておらず、最初はどのように面接で伝えれば良いかということに悩みました。

 

また現実問題、「社会経験の浅さ」や「事務職の経験値が劣る」ということが原因で、最終ゴールまで届かなかったこともありました。そのような中でも、atGP(アットジーピー)の担当の方との模擬面接やリンクビーの職員の方との面接練習がとても為になり、いただいたフィードバックを自分なりにまとめて記録していました。

 

面接を重ねるにつれて、先行きの見えない不安に向き合うようになりました。今思い返せば、これも良い訓練だったと感じています。残念な結果が続く中でも、企業様の方からとても良い評価をいただくケースが少しずつ増えてきました。私の中に、かすかな自信が芽生え、最終的には今回就職することになった企業様から内定をいただくことができました。

 

 

4.     終わりに

 

リンクビーでの生活は、私にとって、とても有意義でした。自分と同じ悩みを持つ仲間ができ、その中で自分の成長を実感できました。このリンクビーを自分の第二のふるさとだと思ってOBOG会にも顔を出したいと思います。

 

本当にありがとうございました。




1.通所するまで

「自分が発達障害であるかも」と言う自覚は20代から有りましたが(大学の一般教養の心理学の授業からその知識はあった)、本格的に診断を受けたのは発達障害、特にADHDの不注意性と衝動性によって社会生活での困難が増してきたことと、保険が効くADHDの治療薬が発明されたからです。

診断を受けるための病院を探す過程で「支援事業所」の存在を知り、体験通所をしました。それから他2施設に相談に行きましたが、1施設は「待機時間が長いこと」、もう1施設は体験通所がなかったことから、また、プログラムの内容が実践的でバラエティに富み、運営母体が人材紹介業でもあることからリンクビーに決めました。

 

2.通所開始~就職活動開始直前

まずは思考力、社会性を身につけるためのメモ研修などの「短時間研修」、就職に関することやストレスマネジメントに関する内容を行う「長時間研修」、13週間で個人やグループで行う「職業トレーニング」を通じて、職員の方に「自分の特性」を知って頂く期間を設けました。

どの障害でもカテゴリー分けされた中で個々に特性とその対処、お願いすべき配慮は異なります。この期間は就職活動を行うに当たり「障害をオープンにして障害者雇用」か「障害を隠して一般雇用」にするのかを見極めるための時間としてかなり有効だったと思います。また、プログラムを通じて改めて障害特性と向き合うことで「障害者として就職する」道を選ぶことができました。

 

3.就職活動開始

基本的な書類作成(これまでとは別の職種を志望したため大幅な修正があった)の他に、「障害者雇用」向けに「これまでの退職理由の整理」と「特性の振り返り」をまず行いました。自分の「困ってきたこと」と改めて向き合うのは通所期間で一番辛い作業でしたが、上手く教導していただけました。

面接は主に「合同面接会」と「実習面談会」の2種、特に「実習面談会」では職員同席のもとで行いますので、ここで頂けた面接についてのフィードバックがとても役に立ちました。

また、ゼネラルパートナーズの紹介者向け就職サイト「atGP」(https://www.atgp.jp/)にも登録し、活動を進めてきました。こちらで頂いたアドバイスも就職する上で大変参考になりました。頂いたアドバイスで一番効いたのが「面接だけで合否を決定しようとしている企業に対しての『実習の提案』」をし、実際の仕事を体験する事です。これにより、就職先から高い評価を頂いた事や、自分でも就職先の環境や働き方を事前に知ることで安心できました。

 

 

■おわりに

今思うと通所していた期間は「障害者であることを受け入れていく過程」でした。発達障害は他の障害の方に比べて「後天的に発見」、特に「社会生活が始まってから発見」 される事が多く、それは自我が確立してからのためほとんどの人に「障害特性を受け入れる訓練」が必要になります。また、発達障害をもっていてもなんとか社会生活をおくれたり、特性を生かして社会で成功者になることすらあるため、「障害者として生きる」ために意識を変えていく必要がある人が多くいます。

「社会で生き辛く」なり「積極的に周りの方に特性を理解して頂く」必要が生じた時、自らが障害を受容し、整理できていないと周りの方々にお願いすることはできません。私が「障害者であることを受け入れ」、「障害特性理解し、配慮項目を文章化する」ことは自分一人ではとても困難なことであったと今は思います。いま社会復帰できるのも通所していた賜物です。

 

最後に、事業所の皆様。

真摯なお声がけと叱咤、的確なアドバイスを頂けたと感じています。

ありがとうございました。

リンクビー秋葉原に通所してからおよそ6カ月、とても内容が濃い日々でした。この度、就職が決まり、「卒業」することになりました。

 

~リンクビーに出会う前~

 

前職では、簡単なミスを何度もしてしまう、仕事が覚えられない、上司が言っている内容が理解出来ない、といったことが続き、叱責を受けてしまったことから、うつ病になり、退職になりました。その頃、ネット検索でリンクビーを知り、発達障害専門だったので、見学してみようと思いました。

 

他の就労移行支援事業所にも行ってみましたが、リンクビーの方が感覚的に自分にあっていると思い通所を決意しました。プログラムの内容的にも、資料を作成して発表するという研修が多く、自分の課題に合っていると思いました。リンクビーに入所して、まずは安定通所から始めました。

 

~リンクビーに通って~

 

リンクビーに通って、人前での発表がとても苦手でしたがある程度は発表出来るようになりました。色々な職業トレーニングをこなして上司への報連相がより出来るようになりました。また、自己理解の大切さを学びました。休憩を取ることの大切さや、ストレスと上手く付き合う事も学びました。ストレスマネジメントは、仕事に就いてからも使えるものだと思います。一生使えるような手法や考え方を、学べたような気がします。

 

一番大きかったことは、同じような仲間たちと出会えたこと。自分だけじゃなかったと思えたことです。グループワークのリーダーをやったことも、今ではいい思い出です。

 

就職活動では、2カ所の実習に行きました。実習での体験が、一般に近い職場で働きたいと思うきっかけになりました。事務職の経験がなかったので、実習で経験し、事務職の雰囲気を学べたことは、大変役に立ちました。

 

リンクビーでの半年間、会社勤めという環境から一歩外に出て、色々な体験ができたことは、自分にとってプラスになったと思います。atGPのキャリアカウンセラーの方とのやり取りも、自己理解を深めるうえで、とても良かったと思います。そこをしっかり取り組めたお蔭で、面接がすんなり通ってしまいました。

 

~これまでとこれから~

 

リンクビーに入ったときの思いは、「今の自分を変えたい!」でした。これからどうしたいかですが、職場で上手くやっていけるようになりたい。安定して働ける環境で、長く働いていきたいです。

 

リンクビーに通所している皆さん、これから通所する皆さん、ひとつひとつのプログラムに前向きに取り組むことが大切だと思います。自分の力を少しずつ上げていってください。焦らなくても、だいじょうぶです。OGOB会で、またお会いしましょう。

 

ありがとうございました。

 

 

リンクビーに通う前は、人見知りで、人と話すことが苦手でした。仕事については、どうして自分は仕事ができないのだろうかと、クヨクヨ悩んでいる自分がいました。

 

病院のデイケアの紹介で、リンクビーを知りました。

見学から体験通所に進み、事業所の雰囲気が良かったこと、他の利用者さんが親切に声を掛けてくれたこと、自宅から通える範囲内だったことから、通所を決めました。

 

通所したての頃は、体調面も含めて、一生懸命に頑張ろうとし過ぎる傾向があり、無理をしていました。通所して4ヵ月目に、突然腹部に痛みが起こり、病気になり倒れてしまいました。手術をし、一週間で退院し、三週間後にリンクビーに復帰、半日×週三日の通所から始めて徐々に通所を増やし、フル通所に戻るまで4ヵ月かかりました。

 

この4ヵ月間、就職が遠のいたことで焦りもありましたが、無理をしてはいけないのだと学びました。ありのままの自分で、自分のペースで行こうと、思いました。

 

その後、リンクビーの職業トレーニングでは、グループワークのリーダーに立候補。病気で倒れる直前にもリーダー役をやっていたので、自分に負担がかからないように工夫をしながらリーダーをこなしました。無事にリーダーをやりとげ、高評価もいただき、以前の自分を乗り越えることができました。

 

就職活動は、企業実習に行ったのが4社、面接は10社前後受けました。病気の前は、就活も焦りながらやっていましたが、病気の後は、職員をつかまえての模擬面接など事前対策をしっかりと行うことで、焦らずに面接にも臨めるようになりました。

 

就職が決まった企業様は、一人一人に合わせた対応をしてくださるところに、惹かれました。実習前の面談の段階から、ここでお世話になりたいという気持がありました。無理をしないように、頑張って行きたいと思います。

 

自分の力の及ばないことは焦っても仕方がないので、自分は自分のできることに集中する、ということを、これからも忘れないようにしたいと思います。

 

私は病気で倒れたことで、120%ではなく80%の力で頑張ることを学びました。皆さんも、無理をせず、自分のペースで、体調に気をつけて頑張ってください。安定通所に始まり、安定通所に終わる、ということを私も実感しました。

 

大変お世話になりました。ありがとうございました。

 

 

1.     通所の経緯

 

私は小学校時代からクラスの他の生徒となかなかなじめず、授業中に椅子に正座してしまう、教科の得手不得手が激しいなどの傾向があり、周りとは違うという感覚を覚えていました。ただアスペルガー症候群、ADHDはまだ知られていない時代でしたので特別の対策を講じることはありませんでした。2016年半ばに正式に上記の症状を抱えていることが精神科医により判明し、むしろ安堵しました。

 

しかしながらそんな中、201612月に障がいを伝えずに勤務していた会社を不本意ながら辞めることになってしまいました。再就職する際、今までの職歴、年齢などを考慮に入れると、果たしてまともな職に就けるのであろうか、真っ当な生活を送られるか見通しが立たなくなり、非常に暗澹たる気持ちになりました。しまいには妻と離婚、自身の自殺まで真剣に考えてしまう位精神的に混乱してしまいました。

 

このような時にお世話になっている東京しごとセンターの方から障がい者就職に熱心なハローワーク上野を紹介頂き、同所からリンクビーを紹介頂きました。紹介頂いたリンクビー大手町に20172月から体験通所し、明るく活気があり自分自身に合いそうだと思い通所を決意しました。同年4月からは新設されたリンクビー秋葉原に移籍しました。

 

2.     リンクビーでのプログラム

 

リンクビー秋葉原で受講したプログラムは15分位の(1)「短時間研修」、1時間半から2時間半の(2)「長時間研修」、(3)「職業トレーニング」、(4)「就職支援」に大きく分けられます。

 

1)は、「タイピング練習」、SPIに頻出の問題を解く「脳トレ」、心身の調子を整える「呼吸法」、今後の業務で電話対応をすることを想定しての「メモ研修」があります。

 

2)にはExcelで「if」、「vlookup」等の関数やピボットテーブルなどを学び他にもWordPowerPointOutlookの操作方法を学ぶ「パソコン研修」、就職活動にあたってどんな心構えで、どんな段階を踏んでから就職活動をするべきか学ぶ「就活研修」、挨拶の仕方、敬語の用法や他人とのコミュニケーションの仕方を学ぶ「マナー研修」、自身の考えから感じ方の傾向を発見する、問題解決などを学ぶ「ストレスマネジメント」があります。

 

3)では模擬の会社の社員として勤務し、実際の職場でも直面しやすそうな課題、例えば社員の交通費支給額の策定、ロゴマーク作成などに取り組みます。グループワークでは56人の通所者でグループを作り、ダイバーシティ推進、観光ツアーの作成などをします。協調性、日程管理、報連相、論理的思考などが問われます。

 

4)は2週間に1回職員と一対一で行う面談、履歴書、職務経歴書添削、性格、能力、通所者の適正、特性などをもとに職員が作成して下さる「プロフィールシート」があります。これらを通じて書類選考や面接に臨みます。場合によっては職員が通所者の面接に立ち会って下さるときもあります。

 

3.     これからリンクビー秋葉原利用を検討されている方へ

 

リンクビーは自身の障がい特性を見つめ理解したり、得手不得手を把握したりする自己受容、上記にある豊富なプログラムを通じて自身の能力向上も図られます。この上で自身の条件に合致する会社を見つける事ができます。確実に安定した勤務を希望されている方は検討してみてはいかがでしょうか。

 

4.     おわりに

 

おかげさまで職員のご協力、通所者の励ましもあり、ありがたいことに就職を決められました。その際、職員の方が自身の能力と会社の業務内容や雰囲気などが合う職場を探し見つけて下さりました。今後はその会社で長く働き、これにより恩返しそして同時に社会貢献もして参ります。約1年間お世話になりました。感謝の言葉をいくら並べても私の謝意は表現しきれません。本当にありがとうございました。

 

以上

■通所するまで

私は、前の会社に入社してしばらく経ってからADD(注意欠陥障害)の診断を受けました。幸いにも、診断後に出された薬が劇的に効き、仕事に集中できるようになりました。しかし、与えられた仕事を終えても「ミスをしていないか」や「機嫌が悪いのは私のせいではないか」と不安になりやすく、自分が行った仕事を「認める」「評価する」ことができませんでした。自分に自信がありませんでした。

 

また、発達障害が分かったものの受け入れきれず、引け目を感じていました。特性を見せないように必死で、自分の体力以上の仕事を引き受けて、帰ってすぐ寝るというような日々でした。日々の疲れと、内部の病気への対処の遅れが、退職に繋がりました。

 

退職後に訪れたハローワークでは、就労移行支援を利用して就職していくことを薦められました。その時点で、発達障害を受け入れて生きていくことを決めました。調べたところ、発達障害者向けの就労移行支援事業所のリンクビーが見つかり、体験入所を申し込みました。見学した際の、事業所の雰囲気・職員さんの親切な対応・具体的な設定の職業トレーニングに惹かれ、リンクビー秋葉原に入所することを決めました。

 

■通所から内定をいただくまで

通所を始めた当初は、週5日通うのが難しかったです。内部の病気の合う薬が見つかり毎月のリズムが安定したため、リンクビーに徐々に通えるようになりました。

 

Excelの関数は、リンクビーに来て、1から学びました。苦手意識がありましたが、全員が理解するまで丁寧に教えるプログラム構成になっており、VLOOKUP・ピポットテーブル・グラフの作成などの操作ができるようになりました。

 

職業トレーニングは、個人とグループで行うものの、2種類があります。職員さんや通所者さんと報連相しながら、納期までに資料を仕上げて、発表することを繰り返していきました。その中で、自身の得手・不得手などの自己理解や、他者理解が深まりました。発表後のフィードバックから内容を改善していき、学んだPC操作を用いて、クオリティをあげていくことができました。

 

私の課題であった自分の行ったことを「認める」「評価する」ことが少しずつできるようになりました。

 

通所が安定した9月頃に、職員さんから紹介を受けた製薬会社で、実習を行いました。習った関数を実際に使ったり、職業トレーニングで経験した通勤交通費計算の業務を行ったりしました。リンクビーで学んだことをそのまま活かすことができました。無事一ヶ月の実習期間を終え、実習先の担当者様から私の仕事に対しての評価をいただき、自信につながりました。

 

本格的に就職活動を開始したのは、10月頃からです。応募書類は、職員さんに56回添削をしていただき、満足いく内容に仕上げることができました。また、自身の課題や、どのような職場で働きたいかなどを職員さんや通所者さんとの話の中で整理することができました。合同面接会、事業所見学会も何度か参加しました。職員さんが同行した際には、些細なことでも相談し、参考にさせていただきました。

 

面接回数を重ねていって、二次面接に進める企業が多くなってきました。職員さんは何度も面接練習の機会を作ってくださり、相談にものってくれました。企業の面接直前に、不安でしょうがなくなり、事業所に電話したことがありました。優しいお言葉をいただいたおかげで、少し落ちついて面接に臨むことができました。沢山の方に支えられ、通所から約9ヶ月でご縁のあった企業様より内定をいただくことができました。

 

■おわりに

就職活動はとてもエネルギーを使うものです。学生時代は一人で苦しんで行った記憶があります。今回、支援者がいるということの幸せと、心強さを実感しました。入所前は自信をなくし、どんな仕事に就くかもイメージできておらず、不安でいっぱいでした。リンクビーでの訓練・職場実習・同じ障害を持つ通所者さんとの交流は、心の支えになりました。これまでの9ヶ月は、私にとって大きな財産になりました。

 

これから入社する職場では、できたことを認めて、自分のペースで仕事に臨むつもりです。ご指導、ご鞭撻ありがとうございました。



 ~退職するまで~

私は以前、大手運送会社の配達員として働いていました。今から、7年ほど前に人員削減により、職員一人当たりの負荷が以前と比べて重くなり、余裕がなくなってしまいました。私は人より作業が1時間余計にかかったり、苦情処理を自分の対応だけで処理できず、上司の手を借りることもありました。このようなことから職場の同僚から仕事のできない迷惑な人と判断され、共同作業に協力してもらえないこともありました。

 

こうした状況に悩み、心療内科で診療を受け、検査したところ、広汎性発達障害と診断されました。しかし、診断が出ても、仕事を辞めて、再就職を目指す当てもなく、そのまま仕事を続けていました。それから、2年半年後、勤務中に出先で、仕事上のミスをしてしまいました。ミスの対応をめぐって、同僚の協力が一切ない状態で、通常の業務もこなしつつ、ミスの対応もしなければなりませんでした。そのことが強いストレスになって、パニックになり、会社を退職するまで休職してしまいました。

 

休職期間中は、復職もしくは障害者雇用の再就職のどちらかで随分と悩みました。結局、退職する半年前に、復職は元の職場に戻るのが条件なので断念しました。それからは、障害者雇用で再就職を、と考えて、パソコン学校に通い、パソコンスキルを身に付けたり、就労移行支援施設の体験通所をしていました。

 

~通所から内定をいただくまで~

4月からリンクビー秋葉原に本通所を始めました。リンクビーでの訓練プログラムを通して、自分自身の広汎性発達障害の症状が具体的に理解できました。私の場合、複雑な指示を理解するのに時間がかかる、初めての環境に慣れるまで、時間がかかることがはっきりしました。

自分のできる対策として、メモを取る、場数を多く踏む、があります。会社にお願いする配慮として、指示をひとつひとつ出してもらう、指揮系統を統一してもらう、最初は自分のペースで出来る作業を任せてもらうことです。こうしたことを踏まえて、障害者雇用で求人がある3社の採用試験に応募したところ、その内の1社から内定を頂くことが出来ました。

 

~終わりに~

最後に皆様に伝えたいことは、障害者雇用で就職するに当たって、大事なことは自分の障害について説明できることだと思います。自分で出来る対策と会社への配慮を分けて伝えられると良いです。皆様がひとりひとりの体調や障害の事情に配慮してもらい、長く勤められる職場に就職されることを願っています。ありがとうございました。

 

リンクビー大阪から就職された方のメッセージを掲載いたします。


■通所を決めるまで

 私が発達障害であることに気づいたのは大学生になってからのことでした。

入学した当初から学習面、生活面で「困り感」を抱えていた私にとって、

日々大学へ通うということはとても辛く、ストレスの溜まるものでした。

単位の取得も遅れがちになり、ぼんやりと感じていた苦手意識は

どんどん膨らんでいき、自分に自信を失くしてしまい、気づけば大学に

通えない状態になってしまいました。

留年も決まり、自分がどうしたらいいのかも分からず悩んでいるとき、

発達障害について知り、実際に診断を受けたのは大学4年生の11月でした。

卒業後も自分の将来について具体的なイメージを描くことが出来ず、

障害者枠で働くのか、一般枠で働くのか、それすらも自分の中で

定まらないまま日々を過ごしていました。

そんなある日、障害者就業・生活支援センターで就労移行支援を利用して

就職していくことをすすめられ、紹介された事業所の一つがリンクビーでした。

見学と体験通所を経て、実際の職場での業務を想定した職業トレーニングを

受けられること、事業所や通所者の方々の雰囲気が自分に合いそうだと

感じたことから通所を決めました。

 

■通所から就職まで

 通所を始めた当初、すっかり夜型になっていた生活リズムを無理やり

元に戻したため、最初のころは睡眠の質も悪かったのですが、

職員の方や主治医と相談しながら帰宅後の過ごし方などを工夫し、

少しずつ睡眠の質を改善することが出来ました。

また、就職にあたって不安に感じていたExcelのスキルは自習時間で練習し、

職業トレーニングで実践することで、徐々にスキルアップすることが出来ました。

苦手に感じていた報連相については、職業トレーニングで上司役の職員の方、

通所者の方とのグループワークで意識をしながらコミュニケーションを

取ることでスムーズに行えるようになりました。

様々な職業トレーニングや研修を通して自身の特性に対しての理解を深めるだけで

なく、職員の方や通所者の方のフィードバックや会話の中から自分でも

気づかなかった得意なこと、苦手なこと、ストレスに対する課題に気づき、

整理することができました。

そうして、自身の障害特性についての理解を深め、スキルを身につけ、自己評価の

低さに気づき、ストレスに対する対処方法を身につけることで、大学生活で

すっかり失くしてしまった自分への自信を少しずつ取り戻すことが出来ました。

 その結果、通所から約半年でご縁のあった企業様より内定を頂くことができました。

 

■おわりに

 自分の障害のこと、自分の将来のことについてどうしていいか分からないまま、

人生の迷子になっていた私が、こうして自己理解を深め、将来のことを考え、

自分への自信を取り戻すことが出来たのもリンクビーへの通所があってこそだと

感じています。

 人生に悩み、障害に気づき、どうするべきか分からず、他の人よりも遠回りを

した人生ですが、いまこうして就職して社会に出られることに感謝し、そんな迷子の

時期も必要だったと笑えるような人生にできるよう、無理のない範囲で少しずつ

努力を積み重ねていければと考えています。



リンクビー大阪から、就職者のメッセージを掲載いたします。

 


 私は複数の会社での就労経験がありますが、作業スピードの遅さや

生産性の低さが理由で働きづらさを感じていました。

最後の会社を退職後、発達障害の診断を受け、今までの働きづらさは

自分の障害特性に起因するものだと気付きました。

その後、就業・生活支援センターでリンクビーを紹介されました。

見学・体験通所を経て、実際の就労を想定した仮想業務があることと、

利用者を含めた雰囲気が良かったので通所を決めました。

通所期間中はOfficeソフトを使った事務の仮想業務をしていく中で、

必要だと思ったExcelを中心に自主的に勉強したり、シゴトライで研修を

受講したり、分からないことは上司役の職員や他の利用者に質問することで

スキルアップに努め、学ぶ楽しさを感じました。

自分の特性に対しては職業トレーニングや職員との面談、利用者との雑談の

中で少しずつ整理していくことで、就労時にどのような配慮があれば長く

勤めることができるか、まとめることができました。

就職活動フェーズに移った際は、応募書類の書き方や特性リストのまとめ方

で職員に添削や模擬面接で、自分一人の視点だったものから複数の視点で

アドバイスを得ることができました。

その結果、このたびご縁があり、お話しをいただいた企業様に内定を

いただくことができました。

通所生活を振り返ってみて、私は人と話すことが好きなので、悩み事や

心配事を話して聞いてもらうことが多かったのですが、職員だけでなく

他の利用者の方にも話すことでより、近い目線からのアドバイスをいただく

ことにより、一つの考えに固執せずフラットな考え方を意識するように

なりました。

パソコンのOfficeスキルをはじめ得られたものは多くありますが、同じ障害

を持った人たちと出会い、同じ悩みを共有し楽しく通所できたことは、私の

中で大切な経験と財産になると感じています。

就職者の声

2017/09/06

こんにちは。

リンクビー秋葉原の森です。

 

リンクビーでは、「自分らしい働き方」を見つけることを、大切に考えています。

卒業生のRさんは、

「自分は事務職には向いていない、身体を動かす仕事、人と関わる仕事がしたい」と、

福祉の道に進みました。

 

そのRさんから、下記のレポートが届きました。とても興味深い内容です。

仕事に対する意識の高さ、障がい者に対する目線の確かさ、

根底にある人としての優しさに、胸が熱くなりました。ぜひ、ご一読ください。

 

~~・~~・~~・~~・~~・~~

 

私は現在、障害者支援事業所にて勤務しています。

主な仕事内容は、送迎や余暇活動での移動支援業務です。

まだ働き始めて数ヶ月ですが、この仕事に対して様々な課題を感じています。

主な理由は下記になります。

 

1. 我々の仕事は誰の為の仕事なのか

2. 障害者を「健常者」に近付けることが正しいことなのか

3. 移動支援員と利用者との関係性

4. 時間管理による悪影響

 

1. 我々の仕事は誰の為の仕事なのか

 

所属会社は市区町村そして利用者ご家族や後見人等との

契約により成り立っています。

しかし、実際の業務は上記に出てこない「当事者」との仕事です。

 

実際に仕事をしてみると、本人が嫌がっていたとしても市区町村のルール、

家族等の意向を優先し仕事にあたらなくてはなりません。

お金を得るには契約者の意向を汲むことが最優先となりますが、

果たしてそれは当事者の「意向」をどれだけ踏まえているのかが疑問です。

 

2. 障害者を「健常者」に近付けることが正しいことなのか

 

我々の仕事は、「外出を楽しんでもらう」ことや、

送迎であれば、「安全に移動してもらう」ことが仕事です。

しかし、「同性同士が手を繋ぐのは周りから見ておかしいことなのでダメです」

「周りから見ておかしな行動をとってはいけません」「走ってはダメです」

「階段では手すりをしっかりと掴んでください」と

色々と会社にはルールがあります。

 

手繋ぎに関しては、本人が手を繋ぐことによって関係性が作れたり

安心を得られるならば良いと思っています。

加えて、「周りから見ておかしいから」という理由は、

LGBTを暗に差別化しているようにも思えます。

LGBTを障害と捉えるかは様々な意見があると思いますが、

障害者支援事業所において「多様性」を認めないスタンスは疑問に思います。

 

そして、健常者だって怪我はしますしマナーの悪い行動も見られます。

事故や犯罪も多くあります。他害や周りに迷惑をかける行為を抑え

なおかつ安全に気をつけながら共に行動することが仕事であって、

決して「健常者」に近付けることが仕事ではないと思います。

 

そもそもノーマライゼーションとは

障害者と健常者が平等に生活をしていくことであって、

健常者を基準に物事を考え仕事をするというのは違う気がします。

 

3. 移動支援員と利用者との関係性

 

移動支援員というのはサポーターであって教育者では無いと思います。

ご家族の意向もあり厳しくしないといけない場面はありますが、

なんでもかんでも「こうしなさい、ああしなさい」は

ズレている気がしてなりません。

 

余暇活動に関して言えば、「一緒に楽しむ」ことが

スタンスの一部になると思います。

現場では対等な立場であるべきだと思うのです。

友達と遊んでいる時に相手がつまらなさそうにしていたら

こちらもつまらなくなる。

これと一緒です。

 

移動支援員は教育者でもなければ親でもありません。

「年齢や価値観の違う友達」として接することが重要ではないかと思っています。

 

 

4. 時間管理による悪影響

 

支援予定時間が9:0017:00の場合、開始は問題ないのですが

終了は予定時間の5分前後の帰着が会社の基本的なルールとなっています。

利用者によって市区町村から与えられたサービス利用時間が違います。

そしてその時間を元に会社はサービス内容を提案、実施します。

 

ただ、本人のその時の状態を無視し、

時間に合わせて帰着することが前提という方法は、

利用者によっては精神状態を悪化させる原因となりえます。

会社のスタンスはスタンスとしても、

やはり11人にあった支援内容が重要ではないでしょうか。

 

 

(まとめ)

この仕事に対するニーズがレスパイトケアということは、

会社だけでなくご家族の方と接していてもよく分かりました。

ただ、私はやはり本人の意思を最大限汲みたいと思っています。

そこに加え、「周りに頼る自立性」、「楽しむ心」

この2点を伸ばしてあげられるような

支援を行っていきたいと思います。

リンクビー大阪から、就職者のメッセージを掲載いたします。

 


<通所を決めるまで>

私は数年前に抑うつ・広汎性発達障害(PDD-NOS)・ADHDの診断

を受けました。それまで漠然とした生きづらさは感じていたものの

それを障害だと自覚しないままクローズで働いていました。しかし、

あるとき体調を崩したのをきっかけに障害者枠での就労を視野に入れ、

シゴトライ・リンクビー大阪に通うことにしました。

いくつかの施設から、ここに決めたのは、客観的な視点でスキルや

特性について伝えるプロフィールシートを発行してもらえることと、

確かな就職実績があったからです。

 

<再就職を目指すプログラムの中で障害を自覚>

うつ症状の人のための「シゴトライ」と発達障害専門の「リンクビー」。

どちらに通うか迷いましたが、当時抑うつ症状は寛解していたこと、

今まで無自覚だった発達障害についてもっと深く知りたいという思い

からリンクビーを選びました。

リンクビーでは、職業スキルを高めるとともに自身の得意・不得意を

知る一助となる職業トレーニングを始め、再就職のための多彩なプログ

ラムを受講しました。リンクビーとシゴトライは同じフロアにあり、

普段はパーテーションで区切られていますが、必要に応じてお互いの

研修を受講することもできました。

それらのプログラムをこなし、職員の方と面談を重ねる中で、自身が

只ならぬネガティブ思考の持ち主で自己肯定感が低いこと、発達障害に

特性として脳のワーキングメモリの容量が人より少ないことを、ようやく

自覚できました。

 

<就活フェイズ>

入所から2か月後、就職アドバイザーの方にサポートいただきながら

就職活動を開始し、紆余曲折ありながらも就職活動4ヶ月目に希望して

いたWeb制作職の内定を得ることができました。事務職の求人が大半を

占める現実にあって、担当職員の方から適宜アドバイスをいただけたことは、

とても感謝しています。

 

<通所を振り返って>

 半年間の通所を経て、私は自身の障害と向き合い、未来を生きるための

考え方や行動を身につけることができました。例えば、ストレス源となる

出来事に出遭ったときも、客観的な視点で事実だけを捉え、悩みが深みに

はまる前に気持ちを切り替えられるようになりました。

また、以前は人並みでありたいがために苦手なことも必死で取り組み、

空回りしていましたが、今は素直に、好きなことにかかわって心を満たし、

自己肯定感を高めていきたいと考えるようになりました。

リンクビーでの半年間は、自身の障害に無自覚だった自分が、その障害と

向き合い、受け入れるために必要な時間だったと改めて思います。言葉に

できない生きづらさを感じていた日々の中で、今までとは違う1歩をよう

やく踏み出せた思いです。

障害を抱えたことで、将来が立ちゆかなくなっている方、本当に自分に

合った仕事を探したい方、少しだけ勇気を出して体験通所していただければ

と思います。

私は、平成29年4月ごろから3ヶ月ほどリンクビー秋葉原に通いました。

 

自覚しないストレスにどのように対処するのかが悩みでした。

とにかく、数年おきに体調を崩すので、安定的に休まずに働くことが課題でした。

そのような理由から仕事の経験の蓄積が乏しく、仕事に対して自信を失っていたので、

通所を通して、自信を取り戻す良いきっかけとなりました。

 

通所の前は内向的で、口数は少なく、照れやで恥ずかしがりやの部分もあり、

大勢の人の前で発表することは苦手としていました。

しかし、実際の職業トレーニングを通して発表などの経験を積むことで、

ある程度の心の余裕をもって人前で話すことができるようになりました。

 

リンクビーの様々な活動を通して、単にPCなどのスキルだけでなく、

とにかく人生について深く学びました。

他人と比較することなく、周囲の助けも借りながら、

自分の手で自分の道を切り開いて行くことの大切さを学びました。

 

また、何事も焦る気持ちが先行して、がむしゃらに仕事に取組むことが多かったのですが、

力まずに、自然体で仕事に向き合うことの大切さを学びました。

そして、コーピングなどを通して自己効力感を高めることの必要性を学びました。

 

通所しながら自分の障害特性を見つめ、

これから先どのような職業人生を歩んだらいいのかと

悩む日々もありましたが、親切で専門的で人生経験豊かなスタッフによる

カウンセリングを通して、肩の荷が軽くなったことを記憶しています。

 

また、利用者の皆様と悩みを共有し、グループワークなどを通して

お互いを高めあうことで、充実した時間を過ごすことができ、一生の宝物となりました。

 

最後に、職員の方々には感謝の気持ちで一杯です。

ここで学んだことを消化し、整理している段階なので、

今は語れることは少ないですが、とにかくこの3ヶ月の体験を

今後の職業人生で活かせたらと感じています。

 

本当にお世話になりました。

 

 

(職員から)

Aさんはリンクビー秋葉原では「優しいお父さん」のような存在で、

いつも他の利用者さんの良いところを指摘し、励まし、事業所を陰でまとめてくれました。

リンクビーにいた頃のステキな笑顔を忘れずに!

就職者のメッセージを、掲載いたします。


私は、就学前からコミュニケーションがうまくいかず、人間関係を維持

することに困難を感じていました。

働くようになってからは、「自身が発達障害ではないか」疑いを持つ

ようになりましたが、「気にしすぎかもしれない」と8年悩みました。

 

7つ目の職場で仕事内容・人間関係共にうまくいかずに退職したことを

に病院を受診し、発達障害(当時アスペルガー)の診断を受けました。

 

障害への理解が甘いまま、診断後も一般枠で就労を続けましたが、9つ目

の職場で障害特性により鬱になり、約半年間主治医に就業を止められた

ことで、障害者手帳の取得と障害者枠での就労を目指すことになりました。

 

クローズで働きながら障害者枠での就職活動を行っていましたが、書類

審査が通らない理由も分からず、1人での就職活動に限界を感じた為、

就労移行支援の利用を検討し始めました。


いくつかの就労移行支援事業所を見学した後に、リンクビーへの通所を

決めました。通所開始時点で職歴は12個になっていました。


研修の職業トレーニングでは、それまでの仕事で避けてきたグループ

ワークを経験し「自分で思っていた以上に集団行動が苦手であること」

と、「同じ発達障害でも個人差がありグループワークで力を発揮できる

人もいること」を知りました。


「障害特性のために出来ないことだらけの自分は、なにもアピールでき

ることがない」と思っていましたが、応募書類や面接の問答の添削を通

して、「出来ないことには配慮を要求し、できることはアピールしても

いい」と分かってきました。


結果、本通所開始より約8か月間で、アットジーピーよりご紹介いただ

いた企業様へ内定を頂けました。


働くに当たり今は不安しかありません。定着支援で助けてもらいながら、

まずは試用期間、次に契約期間と一つずつ確実に消化しながら、企業に

必要な人になれるよう頑張っていきたいです。

リンクビーとは私にとって「失敗してもいい模擬職場」

「自分の人生を俯瞰する、踊り場」であると考える。

...

私は昨年、会社を退職した。
理由は、「あまりに仕事ができなくて、
サラリーマンとして限界を感じてしまったから」である。
前職では不注意によるケアレスミスがとにかく多く、
新入社員でもあるまいし、書類の日付や文章の「てにおは」や
数字の桁について、ほぼ毎日上長から注意を受けていた。


気付けば5年目。

個人情報が入ったファイルを
本来送るべきでない人に送ってしまった。
このままでは会社に大きな損害を与えかねない人材になる。
居づらさ、気まずさを感じて自ら会社から身を引いた。

ADHDという診断を受けたのは退職後。
「ああやっぱり」という安堵感はすぐに消え、
自分が「障害者」になったことへの違和感や鬱々とした気持ちと日々葛藤していた。
そんな中、これは障害の衝動性からくるものであろうか、
「なんとかせねば」という強い気持ちから、
インターネットで「発達障がい 就職」と検索し、
気付けば、後に約4ヶ月お世話になる
発達障がい専門の就労移行支援事業所LinkBeへ見学に来ていた。
とにかく前職で感じた働きづらさの正体を知り、
それをよりクリアにしたかったのだ。

通所を開始してからは何もかも、
腰を落ち着けて、じっくりと取り組むことができた。
得意分野・不得意分野を理解するためのプログラム(メモ研修、職業トレーニング、

論理脳トレーニング等)や自分に向き合うプログラム(プログラム振返り、

ストレスマネジメント研修、定期カウンセリング等)が用意されており、

また、職活動への支援も手厚かった。

全てのトレーニング・プログラムに自分なりの意味を見出し、

積極的に上司役の職員とコミュニケーションを図った。

一例を出すと、例えば、個人ワークでの職業トレーニング。
発達障がいの一般的な特性で苦手分野とされる
「あいまいな指示を理解する」「仕事の段取りを組む」
「期日までに完成物を作り上げること」に注力し、
きちんと上司へ報告・連絡・相談をしなければ、完遂しないプログラム内容となっている。
上司役の職員はあえて抽象的な指示を出し、細かくは指示しない。
どうすれば期限内に仕事の完成物を納品できるか、
とにかく自分で考えさせ、定期的な報告や相談をするよう促す。
このプログラムは私にとって毎日が収穫であった。


なぜミスをするのか


なぜ指示を聞き漏らすのか


なぜ指示を忘れてしまうのか


徹底的に分析し、どうすれば前職で感じた働きづらさを
減らすことができるか、
様々な方法でトライアルアンドエラーを繰り返し、
自己対処の術を体得していった。
まさにリンクビーは「失敗してもいい模擬職場」であった。

今回、離職期間を通じて
上述のような気付きや自己退所の術を得られたこと、
また就職に至ったことは兎にも角にも
リンクビーの職員の方々のおかげであり、
利用者である私に「一人の人間として、
対等な立場で対話をしてくださった」結果であると認識している。
今後も引き続き定着支援でお力を借りながら、
前職で感じた働きづらさを少しでも減らし、
安定就労を目指していきたい。

LinkBeへ通所する前は、人と関わるのが苦手でミスも多く、

将来に不安を感じていました。

忘れっぽく注意力散漫で、自己嫌悪に陥りやすかったです。

変な人だと思われるのが怖くて、常にストレスを感じていました。

 

LinkBeに来て同じように障害を抱えた人達と接したり、

自分の特性について理解を深めるにつれて感じ方が変わりました。

今はここまで頑張って生きてきた自分を誇りに思い、

他人の評価に囚われず人生を楽しんでいます。

具体的なきっかけがあったというより、

環境に影響されて少しずつ成長できました。

前向きで素直な性格になりました。

人の目を見て物怖じせず話せるようになりました。

 

また、うまく話せないのも失敗しやすいのも欠点ではなく個性であり、

恥じる必要はないと思えるようになって、ストレスや緊張が激減しました。

自分を責める事もなくなりました。

障害特性や仕事の適性も分かりました。

 

就職後、安定的に働いていくための私の課題は、

優先順位が分かっていても、つい楽な方に逃げてしまいがちなところです。

始めるのが遅くて焦ってミスが発生する場合があります。

面倒でもやるべき事から終わらせられるようになりたいです。 

 

LinkBe職員の皆さま、卒業後も何かあったら相談に乗って頂けると助かります。

大変お世話になりました。ありがとうございました。

就職者のメッセージを、掲載いたします。


私は平成284月ごろにシゴトライ大阪に通所を始め、8月に開所したLink

Be大阪に移籍し、平成292月まで通所しました。

 

私は、中学生の頃に発症したパニック障がいの影響で数々の生活上の困難

を抱えていました。学校の授業が苦手で、いつも余計な心配をしてしまい、

内容に集中することができなかったため学生時代に良い思い出がありませ

んでした。

学校を何とか卒業しても、就職できそうな仕事は限定されていたので、そ

の状況を打開できることには何でも試してみましたし、「時が来れば耐え

がら仕事をするしかない」とも思っていました。

 

そんな折に、ネット上でシゴトライを知り、問い合わせたところ「精神障

害者保健福祉手帳が無くても利用できる場合がある」と言われたので通所

を始めました。

これまでに障がいを持つ方と一緒に何かをする機会がなかったので友達に

なれるのかと不安を持っていましたが、通所者は社会人経験を持っていた

り、健常者と一緒に学校生活を送っていた人が多かったので普通に接して

いくことで友達になることができました。そして私自身も通所を続けるう

ちに発達障害の診断を受け、それによって精神障がい者福祉手帳を取得し

ました。

 

通所を通じての変化として、まず、シゴトライでは、意識の変化に着目し

た研修を受け、自身の障がいに対する接し方が変わりました。さらにLink

Beでは仮想業務をこなすことで多くの仕事を体験することができました。

それによって仕事の向き不向きから企業の選択をすることができました。

 

就職活動を開始してから、まずは複数の職場の実習にいきました。

障がい者採用に積極的な企業は事前に実習を行っているところが多く、

自分に合っているのか判断できる点で不安を少なくすることができるので

私は実習ができる企業を狙って応募をしました。


その際には、併設しているアットジーピーさんのサービスを受け、本当に

私と企業の価値観が合っているのかを客観的に判断していただいたり、採

用担当者さんが代わりに調整していただいたことは今でも感謝しています。

その結果、実習を経て内定をいただくことが出来ました。

実習中は特に「様々な方のサポートを受け、ここまでこれたのだから体調

を崩さないようにしよう」と思い、インフルエンザ対策などの体調管理を

大切にしました。

 

これまでは周囲と比べて「自分だけが置いていかれている」と感じ自信を
失っていましたし、「自分に仕事があるのか」といつも悩んだりしていま
した。
今回やっと仕事が決まったので、このチャンスを活かすためにも多少の困
難を乗り越えて長期的な就労を実現させたいと思います。

就職者の方がご卒業されました。

ご本人からのメッセージを、掲載いたします。


私は平成285月ごろにシゴトライ大阪に通所を始め、LinkBe大阪が併設

された同年9月からはLinkBe大阪に平成292月まで通所しました。


通所を始めるまではA型就労継続支援事業所で働きながら障がい者枠での

就職活動を行っておりましたが、就職活動がうまくいきませんでした。

の折に、登録していた転職サービスであるatGPのつながりでシゴトライ

のことを知りました。取引先企業が多く見えたことと、その時点の実績で

二年間の利用期間満了での退所者がいないと聞いたことから、障がい者の

就職活動についてのノウハウがあるのでは、と考えて通所を決めました。


また、通所の目的の一つとして、自分の考え方の癖を見つめたいということ

もありました。私は自分の考え方や価値観が絶対的なものだと思い込みがち

です。例えば、30歳くらいの男性なら~くらいの収入があって、~くらいの

社会的地位を持っているべきだ、といった考え方です。その価値観に沿って

いない自分自身をその時はあまり受け入れられておりませんでした。

 

通所してストレスマネジメント研修を受けたり、利用者の方々と話し合内に

少しずつではありますが、そういった考え方が絶対的ではないと思えるよう

になっていきました。

また、個人的に様々な障がいの特徴を調べるうちに、世の中には色んな境遇

の人たちがいて自分のちっぽけな物差しで判断できることはむしろ少ないと

感じ、以前よりはフラットな視点で自分のことを徐々に見つめられるように

なったと思います。

 

LinkBe大阪に移ってからは、Todoリストを用いたタスク管理の重要性など

実際の職場で自分に必要なことが多く分かり、非常に有意義な時間を過ごせ

ました。

仕事をする上で私が苦手とすることとして、報連相・予定を立てること、複

数の業務を管理しながら処理していくことがありました。そのため、仕事が

できていないときの報連相や、進捗管理、ルーティン業務をし忘れないため

の工夫をするということの不可欠さを実感できたことは、私にとって大きな

収穫だったと思います。

 

通所を継続して職員の方々からの指導を受け、利用者の方々からもアドバイス

をいただき、できることが少しずつ増えていくうちに気力が充実していきました。

前向きな人生を築きたい、そのためにいい仕事をやってみたい、という気持ちが

強くなったことは私にいい影響をもたらしてくれたと感じています。

 

他の方々もそうだと思いますが、私にとって就職はスタートであってゴールでは

ありません。長期的な就労を実現させてよい生活を送るために、少しずつでもで

きることを増やし、自分の気力をさらに充実させていきたいと考えております。

 

私にとって利用者の皆様はお互いを高め合える存在であると強く感じましたので、

(就職者が集まる事業所内の)懇親会を通じて意見の交換等をこれからもやって

きたいと思っております。

最後に、関係者の方々にお礼をさせていただきます。職員及び利用者の皆様には

9ヶ月間大変お世話になりました。本当にありがとうございます。

新年あけましておめでとうございます。

 

就職者の方がご卒業されました。

ご本人からのメッセージを、掲載いたします。

 


私は約4か月間、LinkBe大阪に通所しました。

 

人と話すのが苦手な私は、通所当初は業務以外ではほとんど、他の

利用者さんとお話する事が出来なかったです。

しかし時間が経つにつれ、グループワークなどもあったおかげで、

段々と利用者さんとも話せるようになれました。

 

私の特性であるマルチタスクが出来ない事や、抽象的な表現が理解

できないという点も、工夫次第で多少は補うことが出来るようにな

りました。

 

就職活動の面でも、合同面接会等の情報を利用者さんから聞いたり

して、積極的に参加をしたおかげで、自分でも驚く程早く内定を頂

けました。

 

LinkBeに通所する前は、前職の休職期間中も含めても、就職活動を

しようとする気力すら起きなかったのですが、毎日定期的に通所す

ることで、日中のリズムと気力体力がつくようになってきました。


また職員の方と相談して、自分の特性を振返ってきちんと理解して、

それを面接の場でしっかりと伝えることが出来たのが、1番の収穫だ

ったと思います。

 

ただし私にとって就職はあくまでスタート地点であって、これから

長期就労する事が真の目標です。

 

障がい特性をオープンにして就業するのは初めてですが、困ったとき

LinkBeに相談出来るというのも非常に心強いので、これからも頑張

ってまいります。

LinkBe大阪で2人目となる就職者がご卒業されました。

ご本人からのメッセージを、ぜひご一読ください。

 


私はシゴトライ大阪に3ヶ月、その後開設したLinkBe大阪に2ヶ月通所しました。

 

シゴトライのPC研修、ストレスマネジメント研修も非常に為になるものでしたが、

LinkBeでは実務形式の実習が中心でしたので、苦手としていたメモ取り、報連相の

訓練にもなったのが良かったです。

 

特にメモ取りの技能は「人の話を聞くことと、書き物をすることを同時に行う」という、

発達障がい者が苦手とする「マルチタスク」が必須の作業だという思い込みから、取得

不可能な技能だと思っていました。

 

ですが、トレーニングを続けているうちに私の頭が「人の話を聞くタイミング」と「書き

物をするタイミング」で上手く切り替えられるようになっていました。

発達障がい者の特性から不可能に思えることでも、訓練である程度補えるようになったと

いうのは大きいです。

 

一方、どもりの多さやミスの気付きにくさなど、訓練でも補えない特性もあったのですが、

そのような障がいへの理解がある職場との接点を提供頂いたことで、就職に繋がりました。

これも、応募書類作成から最終面接まで、LinkBe職員によるご指導ご支援を受けることが

出来たことによるものだと考えています。

一人で就職活動を行っていた頃は、書類選考すら突破できず行き詰っていたものでしたから。

 

本当に、障がいへの理解がある方に、自分を客観視していただいたことは、就職のみならず

人生全般の為になったと思います。

今後は就労を長続きさせることが目標ですが、LinkBeで生まれた縁や技能を生かすことで、

達成できないものではないと考えています。

<卒業生 Qさん 20代 女性 ADHD 通所6カ月 大手素材メーカーに就職>

私はLinkbeに半年間通所しました。

職歴がありませんでしたが、Linkbeで様々な種類の事務職を経験し、

ビジネススキルを一から学ばせて頂きました。

Linkbeという模擬職場を通して、就職する前に自分の強みや弱みを

再確認できたことは、とても有意義でした。

中でも事業所でリーダーをやらせて頂いた経験は貴重で、

Linkbeでしか得ることのできない経験であったと感じています。

 

また、同じ障害の人と話し、それぞれ困難を乗り越えながら

次に進もうとする姿勢を見て、自分も前を向いていこうと思えました。

Linkbeに通所して、今までよりも自分や自分の障害と

向き合うことができるようになったと思います。

 

初めての就活で落ち込むことも多々ありましたが、

ゼネラルパートナーズ本社でビデオ撮りの模擬面接を受け、

自分の話し方や表情などを客観的に見つめ直すことができました。

面接の回数を重ねていくうちに、面接に臨むにあたっては、

事前準備と振り返りが大切であると気づいたのは大きな収穫でした。

それに加えて、職員の方々から的確なご指導やアドバイスを頂いたお陰で、

自分らしさを失わずに、表情や伝え方、

内容の盛り込み方などを改善することができました。

そして、理解のある企業様と巡り合うことができました。

 

就職活動中は沢山の人々に支えられてきました。

人生初めての就活を通して、他者との繋がりや支えがあるからこそ、

道が開けるのだと感じました。

これからも他者との繋がりを大事にし、感謝の心を忘れずに

Linkbeでの経験をもとに精進していきたいと思います。

(就職が内定するまでLinkBeを一日も休まなかったQさんから、

 これからLinkBeに通所される皆さんへのメッセージです)

 

働くことにおいて、大切なのは毎日職場に行くことだと思います。

 

なぜなら、毎日通勤できれば、一緒に働くひとが安心して

自分に仕事を任せてくれるからです。

 

毎日職場に行くことをLinkBeで言いかえれば、安定通所になります。

「安定通所にはじまり、安定通所におわる」――という

過去の利用者のことばがあります。

 

安定通所は、基本です。

 

しかし、基本である安定通所を続けられれば、

おのずと良い結果もついてくると思います。

無理なく安定通所できるようになれば、

職場にも無理なく毎日行けるようになると思います。

 

だから、安定通所を通所開始から卒業するまでの

目標にしてみてください。

学生時代は緊張からか面接でも全く話せなく失敗続きだったため、

就職に対して非常に不安を抱いていました。

また、前職では仕事や上司との関係が上手くいかず、

転職しても長く働けるか不安でした。

もともと、対人関係に不安があり、

コミュニケーション能力が低い人間だと認識していました。

普段から何をするにも周りの眼を気にし過ぎてしまっていると感じていました。

 

LinkBeに通い始めてからは、環境に慣れるとそれなりに周りと

コミュニケーションが取れるようになったと思います。

今までは周りの人と余り関わりたくないと思っていましたが、

今後は色々な人と関わっていきたいという気持ちになりました。

面談や研修プログラムを通して、自分自身の特性の理解を深め、

ありのままの自分を受け入れることができました。

特性理解を深めることによって、面接では学生時代と違って、

素直に自分の思っていることを話せるようになったので良かったです。

 

LinkBeのプログラムの一つ、朝のトピックは、非常に大きいと思います。

強制的に話す時間があるため、会話力や聞く力が以前より身についたと感じます。

そして、実習形式のプログラムを通じて、上司へ"報連相"を繰り返すことによって、

上司の意図に近づき、仕事面でのコミュニケーション能力も向上したと思います。

 

LinkBeのサービスの中で特に役に立ったのは、

私は何かしら不安に感じることが多かったため、

定期的に面談があったのが良かったです。

また、面接前に頼めば、面接の練習をして頂けることも良かったです。

就職経由が転職サービスのat GP(アットジーピー)ということもあり、

at GPとつながっていることも非常に心強かったです。

 

就職後については、環境に慣れれば安定就労できると思うので、

環境に慣れるまで自分に負荷を掛けないようにしたいです。

また、周りのできる人と自分を比べてしまうので、

自分は自分という気持ちで臨みたいです。

疎外感やここに自分の居場所が無いと思い込んでしまう傾向があり、

なるべく職場以外にも居場所を作っておきたいです。

 

現在就職活動中の方へのアドバイスとしては、

就職活動を通して、自分の特性の把握は非常に重要だと思いました。

また、自分も一時期そうでしたが、

就職を焦る気持ちが一番良くないと思います。

焦るとプログラムに集中できないし、

体調も悪くなってしまうかもしれないです。

企業との「縁」は必ずどこかであると思うので、

落ち着いて過ごすことができればそれが一番良いと思います。

 

 

通所者の声

2016/01/13

私のADHDの障害は、様々な症状で現れます。

 

まず多動性、趣味の映画を見るときは必ず貧乏ゆすりなどをしてしまいます。

そして注意欠陥、これはアルバイトなどでケアレスミス、

見落としなどが多くよく注意されてました。

そして仕事の覚えが悪い、仕事ができないなどで徐々に人間関係が悪くなり、

居場所がなくなるケースが多かったです。

また障害のせいか、細かい、正確なファイル整理ができません。

 

また友人と些細なことで喧嘩をしてしまったり、人間関係がうまく築けないことが特徴です。

その次に衝動性、外面はいいのですが、家で衝動的に怒りに任せてしまったりなどしてしまいます。

私は幼少期の頃から、落ち着きのない、みなが黙って話を聞いているのに

一人だけ走り回っているような子でした。

 

私はLinkBe大手町に来て、自分の障害に改めて向き合えるようになりました。

障害を認識し、通所日数を増やすことで、自己肯定に繋げられれば、

また、就職に結びつけばと考えております。今はその最中です。

 

ここでは障害を持った仲間がたくさんいます。

皆様々な症状でひとくくりにはできませんが、個性があり、皆優しくフォローしてくれます。

僕が発達障害で、孤独に感じていたとき、ここに来て一人ではないんだと感じました。

これを読んでいる貴方も発達障害なら、ぜひLINKBEを覗いてみてください。

<卒業生Fさん 20代 男性 ADHD 通所4ヵ月 大手ゲーム会社に就職>

 

4ヵ月弱通所していたことになりますが、この度めでたく就職が決まり、

卒業という運びになりました。

 

通所を開始した当初と比較すると幾らか自尊心が高まり、労働への恐怖が薄らいでいるように感じます。

実際に働くのはかなり久し振りなので、やはり不安を禁じえないところはありますが、

事業所を卒業し就職しても事業所からの定着支援を受けられるので、

仕事をしながら不安に感じることがあれば、頼っていこうと思っております。

 

事業所へ通所する前は、特にやることが無い日はうつ病の影響で

余計なことを考えないよう寝ている時間が長かったので、

体力が低下し疲労が蓄積しやすく、生活リズムも崩れがちでした。

しかし、通所を通して体力がついたのか、幾らか余裕が出るようになりました。

電車に乗って通所し、一定時間研修に参加するというのは、意外と体力を使うもので、

これを習慣付けることで体力を取り戻すことが出来たのではないかと思います。

 

事業所では様々な方と出会いコミュニケーションをとりながら過ごしてきたので、

去り行くのは寂しい気もしますが、新たな環境、新たな出会いの中で頑張っていきたいと思います。

 

入社後はどうしても周りと比較して落ち込んでしまいそうだなと、入社前の現時点で既に感じているので、

入社後はなるべく周りと比較せず、肩の力を抜いて、年単位をかけて会社に馴染んでいくことを念頭に

仕事に取り組んでいければなと思っております。

 

有難う御座いました。

通所者の声

2015/10/28

<Eさん 40代 男性 広汎性発達障害(アスペルガー症候群) 通所中>

 

私はLinkBeに通所して3ヶ月経ちます。

発達障害と診断されたのは今年の3月で、診断された時の気持ちは、

今まで学校や会社であまり評価されなかった理由がわかって良かったという気持ちと、

いまさら障害者になるなんて受け入れがたいという気持ちでした。

 

私は発達障害と診断される前は、仕事でパソコンを扱った経験が全く無く

肉体労働の経験が殆どでした。

障害者求人ではパソコンを使えなければ

仕事の選択肢が非常に限られるためにパソコン作業に慣れることと、

夜更かし・昼まで寝ているなどの生活習慣の乱れを直すことを

目的にLinkBeへの通所を始めました。

 

通所したての頃は、報告メールや資料作成などを

パソコンを用いて行うのは最初はかなり苦労しましたが、

LinkBeの先輩通所者に助けられ、今ではパソコン操作にも慣れました。

また、LinkBeの仲間をみて徐々にではありますが、

心を開けるようになったのも良かったと思っています。

<卒業生 Aさん 30代 男性 アスペルガー症候群 通所12カ月 大手金融系企業に就職>

 

私は、シゴトライ台東に8ヵ月、その後 Link Be大手町に4ヵ月 お世話になりました。

シゴトライ台東では、体調を安定させる方法やパソコンスキルなどを学びました。

その後、新しく開設された就労移行支援事業所のLink Be大手町に移り、

職業トレーニングプログラムを通して、働く自信を手に入れることができました。


Link Be大手町での研修をいま振り返ると、毎日が潤いのある生活で、

いつの間にか、自分から楽しんで研修に参加していました。

ワクワク感を持って、毎日のプログラムに取り組むことができました。


結果として、自分自身が明るく前向きになれたことが大きかったです。

自分にとってLink Be大手町とは、生まれ変われる自分に出会えたところ、

成長が出来た自分に出会えたところでした。


Link Be大手町に通い、私が得たこと、それは――

最初に、自分への自信を手に入れたことが、何よりも一番の財産となりました。

そして、実務・実践に近い形で、トレーニングを積むことが出来ました。

営業、人事、総務、経理など、様々なジャンルの研修を通して、

自分の得意な業務、苦手な業務を整理・発見する、良いきっかけになりました。


最後に、同じ障がいをもつ者同士、素晴らしい仲間たちに出会えたことが、

大きなこころの支えとなりました。

通所者の声

2015/09/30

Dさん 20代 男性 多動性障害・アスペルガー症候群 通所中>

 

発達障害の診断を受ける前、私は自分の弱さを否定しようとしていました。

しかし、いくら弱さを否定しようとしても、全然否定できませんでした。

そのため、危うく「自分」を見失いそうになりました。

 

診断を受けた現在、自分の弱さを否定しようとはしていません。

それは、自分の弱さに納得をしているからです。

納得しているのは、自分の弱さの原因が発達障害であると、

目を背けることなく自分の頭で考えて理解できたからです。

自分の弱さについて納得できたとき、自然と自分の強さに目が向き、

理解をすることができました。

自分の強さと弱さを知ったとき、生まれて初めて「自分」についても納得することができました。

 

自分の弱さに目を背けずに否定せずに考え続けることに、

最初は恐怖を覚えるかもしれません。

しかし、勇気をもってその恐怖を乗り越えることができたとき、

自分の弱さだけでなく自分の強さを知るでしょう。

そうすれば、いつかは、強さと弱さを兼ね備えた「本物の強さ」を

手に入れることができるのではないでしょうか。

 

LinkBeは、そんな自分の弱さと強さに向き合える場所です。

通所者の声

2015/09/28

<Cさん 20代 男性 ADHD 通所中>

 

828日(金)に事業所見学会がありました。

事業所見学会というのは、企業様がLinkBe/いそひとに

見学に来られる会のことです。

 

この事業所見学会は2部構成になっており、

利用者向けの時間と、職員向けの時間に分けられています。

利用者向けの時間は、持ち時間1時間です。

利用者は3週間程度かけて、この1時間の間にどういうコンセプトで何を行うのか、

誰がそれを担当するのか、といったことを話し合い、取り組んでいきます。

これも研修プログラムの一環です。

 

今回は、「(我々障害者と企業様の)相互理解の場を構築する」――ことを

コンセプトにした上で、事業所での活動紹介、障害についての説明、

実際の研修の様子の公開、といったことを行いました。

ちなみに、今回の事業所見学会には、全部で8社の企業様から12名の

人事採用ご担当者様にご来所頂くことが出来ました。

 

私には10人以上を取りまとめて仕事を進めるという経験をしたことが無かったので、

とても良い経験になったと思いますし、後日行われた振り返りで反省点も見つかり、

次回につながる事業所見学会にすることが出来たと考えています。

 

こうした自信をひとつずつ積み上げて、

就職へ結びつけていきたいと考えています。

<卒業生 Bさん 40代 男性 混合性発達障害 通所15カ月 外資系保険会社に就職>

 

発達障害だから出来ないこと、確かにそれはあります。

雑談であったり、とっさの予定変更への対処であったり、感情表現であったり、人それぞれでしょう。

しかし、苦手な割に工夫の余地があること、自然に出来なくても技術を身に付けてカバーできること、

そういったこともたくさんあります。

 

LinkBeでは、敢えて「苦手分野」や「難しそうな課題」に挑戦しています。

その結果がうまくいかなかったとしても、失敗することに意義があります。

教訓は、失敗経験から導き出すものだからです。

10回の試行のうち、1つは出来ることが見付かるはずです。

その長所を活かす職場に巡り合えれば、障害はむしろ強みになります。

 

目標は高く、歩みは現実的に、諦めないけど無理もしない、そういった15ヵ月間でした。

 

就職するまでに、LinkBeでたくさん失敗しましょう。