リンクビーは発達障害のある方のための就労支援サービスです

リンクビーブログ「学ぶ人たち」

リンクビーブログ「学ぶ人たち」

1.通所するまで

「自分が発達障害であるかも」と言う自覚は20代から有りましたが(大学の一般教養の心理学の授業からその知識はあった)、本格的に診断を受けたのは発達障害、特にADHDの不注意性と衝動性によって社会生活での困難が増してきたことと、保険が効くADHDの治療薬が発明されたからです。

診断を受けるための病院を探す過程で「支援事業所」の存在を知り、体験通所をしました。それから他2施設に相談に行きましたが、1施設は「待機時間が長いこと」、もう1施設は体験通所がなかったことから、また、プログラムの内容が実践的でバラエティに富み、運営母体が人材紹介業でもあることからリンクビーに決めました。

 

2.通所開始~就職活動開始直前

まずは思考力、社会性を身につけるためのメモ研修などの「短時間研修」、就職に関することやストレスマネジメントに関する内容を行う「長時間研修」、13週間で個人やグループで行う「職業トレーニング」を通じて、職員の方に「自分の特性」を知って頂く期間を設けました。

どの障害でもカテゴリー分けされた中で個々に特性とその対処、お願いすべき配慮は異なります。この期間は就職活動を行うに当たり「障害をオープンにして障害者雇用」か「障害を隠して一般雇用」にするのかを見極めるための時間としてかなり有効だったと思います。また、プログラムを通じて改めて障害特性と向き合うことで「障害者として就職する」道を選ぶことができました。

 

3.就職活動開始

基本的な書類作成(これまでとは別の職種を志望したため大幅な修正があった)の他に、「障害者雇用」向けに「これまでの退職理由の整理」と「特性の振り返り」をまず行いました。自分の「困ってきたこと」と改めて向き合うのは通所期間で一番辛い作業でしたが、上手く教導していただけました。

面接は主に「合同面接会」と「実習面談会」の2種、特に「実習面談会」では職員同席のもとで行いますので、ここで頂けた面接についてのフィードバックがとても役に立ちました。

また、ゼネラルパートナーズの紹介者向け就職サイト「atGP」(https://www.atgp.jp/)にも登録し、活動を進めてきました。こちらで頂いたアドバイスも就職する上で大変参考になりました。頂いたアドバイスで一番効いたのが「面接だけで合否を決定しようとしている企業に対しての『実習の提案』」をし、実際の仕事を体験する事です。これにより、就職先から高い評価を頂いた事や、自分でも就職先の環境や働き方を事前に知ることで安心できました。

 

 

■おわりに

今思うと通所していた期間は「障害者であることを受け入れていく過程」でした。発達障害は他の障害の方に比べて「後天的に発見」、特に「社会生活が始まってから発見」 される事が多く、それは自我が確立してからのためほとんどの人に「障害特性を受け入れる訓練」が必要になります。また、発達障害をもっていてもなんとか社会生活をおくれたり、特性を生かして社会で成功者になることすらあるため、「障害者として生きる」ために意識を変えていく必要がある人が多くいます。

「社会で生き辛く」なり「積極的に周りの方に特性を理解して頂く」必要が生じた時、自らが障害を受容し、整理できていないと周りの方々にお願いすることはできません。私が「障害者であることを受け入れ」、「障害特性理解し、配慮項目を文章化する」ことは自分一人ではとても困難なことであったと今は思います。いま社会復帰できるのも通所していた賜物です。

 

最後に、事業所の皆様。

真摯なお声がけと叱咤、的確なアドバイスを頂けたと感じています。

ありがとうございました。

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リンクビー秋葉原に通所してからおよそ6カ月、とても内容が濃い日々でした。この度、就職が決まり、「卒業」することになりました。

 

~リンクビーに出会う前~

 

前職では、簡単なミスを何度もしてしまう、仕事が覚えられない、上司が言っている内容が理解出来ない、といったことが続き、叱責を受けてしまったことから、うつ病になり、退職になりました。その頃、ネット検索でリンクビーを知り、発達障害専門だったので、見学してみようと思いました。

 

他の就労移行支援事業所にも行ってみましたが、リンクビーの方が感覚的に自分にあっていると思い通所を決意しました。プログラムの内容的にも、資料を作成して発表するという研修が多く、自分の課題に合っていると思いました。リンクビーに入所して、まずは安定通所から始めました。

 

~リンクビーに通って~

 

リンクビーに通って、人前での発表がとても苦手でしたがある程度は発表出来るようになりました。色々な職業トレーニングをこなして上司への報連相がより出来るようになりました。また、自己理解の大切さを学びました。休憩を取ることの大切さや、ストレスと上手く付き合う事も学びました。ストレスマネジメントは、仕事に就いてからも使えるものだと思います。一生使えるような手法や考え方を、学べたような気がします。

 

一番大きかったことは、同じような仲間たちと出会えたこと。自分だけじゃなかったと思えたことです。グループワークのリーダーをやったことも、今ではいい思い出です。

 

就職活動では、2カ所の実習に行きました。実習での体験が、一般に近い職場で働きたいと思うきっかけになりました。事務職の経験がなかったので、実習で経験し、事務職の雰囲気を学べたことは、大変役に立ちました。

 

リンクビーでの半年間、会社勤めという環境から一歩外に出て、色々な体験ができたことは、自分にとってプラスになったと思います。atGPのキャリアカウンセラーの方とのやり取りも、自己理解を深めるうえで、とても良かったと思います。そこをしっかり取り組めたお蔭で、面接がすんなり通ってしまいました。

 

~これまでとこれから~

 

リンクビーに入ったときの思いは、「今の自分を変えたい!」でした。これからどうしたいかですが、職場で上手くやっていけるようになりたい。安定して働ける環境で、長く働いていきたいです。

 

リンクビーに通所している皆さん、これから通所する皆さん、ひとつひとつのプログラムに前向きに取り組むことが大切だと思います。自分の力を少しずつ上げていってください。焦らなくても、だいじょうぶです。OGOB会で、またお会いしましょう。

 

ありがとうございました。

 

 

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利用者様による「得意分野の講義・発表会」

リンクビー秋葉原の田中です。本日は、土曜日開所時に行われる、利用者様による得意分野の講義・発表会の様子をお伝え致します。リンクビーでは一月に2回程度、土曜日も開所しています。土曜日のカリキュラムは一人ひとりがご自身のペースで思い思いに活動できるように、お菓子や飲み物を準備してアットホームな雰囲気で行っています。
先週の土曜日開所では、午後から通所者様による、中国語講義と有名お菓子メーカーのお菓子を熱く語るプレゼンがありました。中国語講義は、職員も含めて、ほぼすべての方が参加し、みんなで発音練習を行ったりと、一体感のある講義となりました。後半のお菓子のプレゼンは、「初めてそのお菓子を食べたときのことが忘れられない」等、利用者様のお菓子に対するとても熱い想いが言葉の節々から感じられ、とてもおもしろかったです。今後も、土曜日開所の際は、利用者様の得意分野の講義・発表会が続きます!定期的にその内容をご報告していきたいと思います。


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【通所する前】

社会に出て、事務職として正社員で働いた際、突発音や打発音に対して私だけひどく辛く耐えられないといった反応があったり、環境の変化についていけず過眠症の症状が出たりしました。

離職後、派遣社員やアルバイトなど、転々と職を変え働いていました。

派遣のお仕事で、話し言葉での研修があった際、私だけが理解ができず、4日で辞めてしまったことがありました。

その他、納期に間に合わず叱責された、言葉の理解がそのままの意味でしか理解できないことがあり叱責された、遅刻ぎりぎりで出勤していたなどがありました。

また、衝動的にカフェオーナーになりたいと思い、カフェスクールに通いましたがマルチタスクが苦手なため、飲食業は不向きと思い知りました。

それらの事から精神科を受診したところ、発達障害と診断されました。

 

今後まだ長い人生を生きていくために、長く安定して働きたいと思い、障害者としてオープンで働くことを考え始めました。

いくつかの障害者就労支援サービスやハローワークを利用して個人で就職活動をしていましたが、すべて書類審査で落ちてしまいました。

いずれの施設も、応募書類は良くできていると、お墨付きをいただいていた結果でした。

そんな中、『就労支援移行施設の合同説明会』が開催されることを知り、参加してみました。

ハローワークや就労支援施設で参加した旨伝えると、「移行支援施設を利用している人を対象とした求人が多いのが実情」と聞き、通所を考えました。

 

実際に通える範囲の施設をいくつか見学をした中、リンクビー秋葉原だけは

●きちんと見学をさせてもらえた

●通所している方々がフランクで明るく優しく話しかけてくれた

●職員の方が就職や生活についてなど親身に応対してくれた

また、見学をしたのが2月だったのですが、通所されている方が少ない状態について職員の方にたずねると、「就職が次々と決まったので、今通っている方は少ないんです。多いときもありますが、就職が決まるので、定員に満たないこともあります。」とのことでした。

通所に片道1時間30分かかりますが、"一番就職につながりやすそう""雰囲気が良い"ことからまずは体験通所をし、結果、本通所となりました。

 

【通所から内定をいただくまで】

発達障害者は、コミュニケーションを取ることが苦手といわれていることからだと思いますが、プログラムにはグループワークを行うものがたくさんありました。

その中でとても印象的だったのは、人と話すことに対してとても緊張していた方が、通所をしていくうちに表情も明るくなり、ある程度話せるようになったことです。

その他、年齢も個々の特性もさまざまな人たちとプログラムに取り組むことで、得意不得意の部分でお互いを補い合うことなど、とても良い経験をすることができたと思います。

また、フィードバックをする際、"否定をしない"といった決まりごとがあり、個々の良い部分を伝えることによってそれぞれが自信につながり、自己肯定感を高めることになったと思います。

"マイナスな事をプラスな事に言い換える"といった内容がプログラムにありましたが、その事は応募書類や面接に限らず、コミュニケーションのとり方にも役立つと思いました。

本通所開始から3ヶ月目で応募書類を数社に送ったところ、早々に2社から面接の連絡をいただき、最初に面接を受けた会社から2次面接の連絡、そしてあれよあれよという間に、その会社から内定をいただきました。

 

【終わりに...】

直近の仕事から1年以上のブランクができてしまい、働くことの勘が鈍っていましたが、安定して通所をし、プログラムを受けていくことで勘を取り戻すことができました。

職場の疑似体験ができたこと、自分のこと、発達障害の特性のことなどを学ぶ機会を得たこと、そして就職活動のサポートをいただけたことにより、無事内定をいただくことができました。

職員の皆様、通所をされている皆様、大変お世話になりました。

ありがとうございます。

OBOG会で、お会いできることを楽しみにしています!




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リンクビー秋葉原小牧です。

本日は、伝統工芸の世界で障がいのある方が技術を磨いている本記事を共有致します。京都市北区にある障がい者施設「西陣工房」では発達障がい、知的障がいのある方が西陣織に使う、糸を枠に巻き取る「糸操り」という工程を担っていて、今では西陣織最大規模の糸操り工場になっています。「同じことを繰り返す作業」が得意という障がいの強みを活かして、皆さんそれぞれに活躍されているとのことです。現状の障がい者雇用枠は事務職が大半であり、発達障がいの特性によっては、事務職が苦手でなかなか就労が難しいという方もいらっしゃいます。そのような方が活躍できる1つの選択肢として、このような職場が広がると良いと思いました。

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リンクビーに通う前は、人見知りで、人と話すことが苦手でした。仕事については、どうして自分は仕事ができないのだろうかと、クヨクヨ悩んでいる自分がいました。

 

病院のデイケアの紹介で、リンクビーを知りました。

見学から体験通所に進み、事業所の雰囲気が良かったこと、他の利用者さんが親切に声を掛けてくれたこと、自宅から通える範囲内だったことから、通所を決めました。

 

通所したての頃は、体調面も含めて、一生懸命に頑張ろうとし過ぎる傾向があり、無理をしていました。通所して4ヵ月目に、突然腹部に痛みが起こり、病気になり倒れてしまいました。手術をし、一週間で退院し、三週間後にリンクビーに復帰、半日×週三日の通所から始めて徐々に通所を増やし、フル通所に戻るまで4ヵ月かかりました。

 

この4ヵ月間、就職が遠のいたことで焦りもありましたが、無理をしてはいけないのだと学びました。ありのままの自分で、自分のペースで行こうと、思いました。

 

その後、リンクビーの職業トレーニングでは、グループワークのリーダーに立候補。病気で倒れる直前にもリーダー役をやっていたので、自分に負担がかからないように工夫をしながらリーダーをこなしました。無事にリーダーをやりとげ、高評価もいただき、以前の自分を乗り越えることができました。

 

就職活動は、企業実習に行ったのが4社、面接は10社前後受けました。病気の前は、就活も焦りながらやっていましたが、病気の後は、職員をつかまえての模擬面接など事前対策をしっかりと行うことで、焦らずに面接にも臨めるようになりました。

 

就職が決まった企業様は、一人一人に合わせた対応をしてくださるところに、惹かれました。実習前の面談の段階から、ここでお世話になりたいという気持がありました。無理をしないように、頑張って行きたいと思います。

 

自分の力の及ばないことは焦っても仕方がないので、自分は自分のできることに集中する、ということを、これからも忘れないようにしたいと思います。

 

私は病気で倒れたことで、120%ではなく80%の力で頑張ることを学びました。皆さんも、無理をせず、自分のペースで、体調に気をつけて頑張ってください。安定通所に始まり、安定通所に終わる、ということを私も実感しました。

 

大変お世話になりました。ありがとうございました。

 

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リンクビー秋葉原 職員の森です。

本を読みました。『「べてるの家」から吹く風』向谷地生良著(2018年6月1日発行、いのちのことば社)です。2006年に発行された同書の、増補改訂版の発行です。

統合失調症を抱えた一人一人の登場人物が、そしてそこに向き合う著者の姿が、心に深く静かな衝撃を与えます。心に残った、いくつかの「言葉」がありました。

<人の絶望は、人間として尊重された出会いのなかでは、希望と回復への入り口となる>

絶望的な"爆発"を繰り返す当事者の父親から、「つかれ果てました」と著者に電話が入る。著者はこう答える――
<・・・・・・彼にとって本当に必要だったのは、"立ち直ること"や"回復"ではなく、悩み、絶望しきることなのです。・・・・・・彼は、着実に自分の絶望を自分のものにしつつあるのです。本当にいい苦労がはじまっています。・・・・・・彼に希望を感じましたよ>
<苦労を取り戻す>、これは「べてるの家」のキャッチフレーズのひとつだ。

わたしたちリンクビーではどうだろうか。一見すると社会に適合できている"優等生"のまま、卒業させてはいないだろうか。悩みや苦労を自分に取り戻し、しっかりと向き合い、絶望できること。それを可能とする"場所"であること。本人が絶望するほど希望を感じると、言える強さと優しさが、わたしたちにあるだろうか。

また、「べてるの家」では、1983年に始まった日高昆布の産地直送以来、「起業」に力を入れている。起業の際に忘れてはならないのが、「苦労の先取り」作業だと著者は書く。しかし、それは仔細なビジネスプランや事前対策という意味合いではなく、「それで順調!」という「楽観」だという。

<この楽観は、仲間と場を信じる態度から生まれる。しかし、信じるということで大切なのは、根拠や実感を求めないことである。いいかげんでよい。ヤケクソでもよい。「そんなの信じられない」というあいまいさと不安があるままでもよい。とにかく「信じるが勝ち」なのである>

自己病名「人間アレルギー症候群」の女性四人が起業した会社は、<自分たちの強みは、矛盾をかかえながら生きてきたこと>というメンバーの言葉から「むじゅん社」と命名された。

<当事者は、みじめな存在である前に、尊重されなければいけない有用な存在なのである。地域は、障害を体験した市民の経験を通じて、地域社会を変革していくことができる。その思いが、常に起業のエネルギーとなってさまざまな事業を起こすバネとなってきた>

<「べてるの家」の歩みは、地域の過疎化と精神障害という病をもつ困難という二重の苦労のなかに育てられてきたことに意味がある>

「べてるの家」から吹く風は、単に精神障害の一施設の物語ではなく、地域の在り方を問い、福祉や医療の世界の「たてまえ社会」を問い、人間の生き死にを問う、それでいて軽やかな笑いに包まれた、摩訶不思議な風なのであった。
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リンクビー秋葉原 職員の森です。

私は40代半ばの頃にクローン病と診断されました。当時働いていた職場では、最初から病名をオープンにしていました。ある日、後輩の同僚と二人きりになったとき、「実は私も○○という難病の患者なんです、会社には内緒にしていますが」――と、話してくれました。

会社とは、病気であることを隠さなければならない場所、自分の弱みを見せてはいけない場所だったのですね。私のその職場は、当時毎年のようにリストラを繰り返していましたから、隠したい気持もよく理解できました。オープンにしていた私は、病気が理由ではないと言われましたが、降格になりました(笑)。

病気の人間だけではなく、誰もが大なり小なり抱えている弱さを、隠さなければならない場所。それが、日本の「会社」なのでしょうか。それが、当り前の価値観なのでしょうか。

誰もがヨロイを被り、ありのままの自分でいられない場所。最近のニュースに出てくる、品質検査データの改ざんや粉飾決算の問題、過労死やハラスメントの問題は、こうした日本社会の構造的な問題が根底にあるのかもしれません。

リンクビーでは、自分の困りごとや弱さを開示できることを大切に考えています。
利用者のKAMEさん(仮名)の言葉を紹介します――

「私の苦手なところは、相手の話をうまく解釈したり、自分の話をうまく伝えられないことです」

「自分の弱さを開示できる勇気がなく、自分らしさから遠ざかっていました」

「弱さを言うことによって、自分の心のつっかえがとれました。元々が意地や見栄をはりやすい性格で、弱さを隠すことがいいことだと思っていました。ここでは認めてくれる仲間がいるから、安心して弱さをさらけ出せます」

KAMEさんが以前在籍していた別の福祉施設では、職員とのカウンセリングの席で、それは違うとか、なまけているとか、甘えているとか言われていたそうです。

自分の弱さを開示することで、自分らしさを取り戻し、必要な支援者を増やし、自分で生きて行ける力を身につけることができる・・・・・・、そう思いませんか。

リンクビーは、「自分の弱さを安全に開示できる場所」でありたいと考えています。


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1.     通所の経緯

 

私は小学校時代からクラスの他の生徒となかなかなじめず、授業中に椅子に正座してしまう、教科の得手不得手が激しいなどの傾向があり、周りとは違うという感覚を覚えていました。ただアスペルガー症候群、ADHDはまだ知られていない時代でしたので特別の対策を講じることはありませんでした。2016年半ばに正式に上記の症状を抱えていることが精神科医により判明し、むしろ安堵しました。

 

しかしながらそんな中、201612月に障がいを伝えずに勤務していた会社を不本意ながら辞めることになってしまいました。再就職する際、今までの職歴、年齢などを考慮に入れると、果たしてまともな職に就けるのであろうか、真っ当な生活を送られるか見通しが立たなくなり、非常に暗澹たる気持ちになりました。しまいには妻と離婚、自身の自殺まで真剣に考えてしまう位精神的に混乱してしまいました。

 

このような時にお世話になっている東京しごとセンターの方から障がい者就職に熱心なハローワーク上野を紹介頂き、同所からリンクビーを紹介頂きました。紹介頂いたリンクビー大手町に20172月から体験通所し、明るく活気があり自分自身に合いそうだと思い通所を決意しました。同年4月からは新設されたリンクビー秋葉原に移籍しました。

 

2.     リンクビーでのプログラム

 

リンクビー秋葉原で受講したプログラムは15分位の(1)「短時間研修」、1時間半から2時間半の(2)「長時間研修」、(3)「職業トレーニング」、(4)「就職支援」に大きく分けられます。

 

1)は、「タイピング練習」、SPIに頻出の問題を解く「脳トレ」、心身の調子を整える「呼吸法」、今後の業務で電話対応をすることを想定しての「メモ研修」があります。

 

2)にはExcelで「if」、「vlookup」等の関数やピボットテーブルなどを学び他にもWordPowerPointOutlookの操作方法を学ぶ「パソコン研修」、就職活動にあたってどんな心構えで、どんな段階を踏んでから就職活動をするべきか学ぶ「就活研修」、挨拶の仕方、敬語の用法や他人とのコミュニケーションの仕方を学ぶ「マナー研修」、自身の考えから感じ方の傾向を発見する、問題解決などを学ぶ「ストレスマネジメント」があります。

 

3)では模擬の会社の社員として勤務し、実際の職場でも直面しやすそうな課題、例えば社員の交通費支給額の策定、ロゴマーク作成などに取り組みます。グループワークでは56人の通所者でグループを作り、ダイバーシティ推進、観光ツアーの作成などをします。協調性、日程管理、報連相、論理的思考などが問われます。

 

4)は2週間に1回職員と一対一で行う面談、履歴書、職務経歴書添削、性格、能力、通所者の適正、特性などをもとに職員が作成して下さる「プロフィールシート」があります。これらを通じて書類選考や面接に臨みます。場合によっては職員が通所者の面接に立ち会って下さるときもあります。

 

3.     これからリンクビー秋葉原利用を検討されている方へ

 

リンクビーは自身の障がい特性を見つめ理解したり、得手不得手を把握したりする自己受容、上記にある豊富なプログラムを通じて自身の能力向上も図られます。この上で自身の条件に合致する会社を見つける事ができます。確実に安定した勤務を希望されている方は検討してみてはいかがでしょうか。

 

4.     おわりに

 

おかげさまで職員のご協力、通所者の励ましもあり、ありがたいことに就職を決められました。その際、職員の方が自身の能力と会社の業務内容や雰囲気などが合う職場を探し見つけて下さりました。今後はその会社で長く働き、これにより恩返しそして同時に社会貢献もして参ります。約1年間お世話になりました。感謝の言葉をいくら並べても私の謝意は表現しきれません。本当にありがとうございました。

 

以上

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■通所するまで

私は、前の会社に入社してしばらく経ってからADD(注意欠陥障害)の診断を受けました。幸いにも、診断後に出された薬が劇的に効き、仕事に集中できるようになりました。しかし、与えられた仕事を終えても「ミスをしていないか」や「機嫌が悪いのは私のせいではないか」と不安になりやすく、自分が行った仕事を「認める」「評価する」ことができませんでした。自分に自信がありませんでした。

 

また、発達障害が分かったものの受け入れきれず、引け目を感じていました。特性を見せないように必死で、自分の体力以上の仕事を引き受けて、帰ってすぐ寝るというような日々でした。日々の疲れと、内部の病気への対処の遅れが、退職に繋がりました。

 

退職後に訪れたハローワークでは、就労移行支援を利用して就職していくことを薦められました。その時点で、発達障害を受け入れて生きていくことを決めました。調べたところ、発達障害者向けの就労移行支援事業所のリンクビーが見つかり、体験入所を申し込みました。見学した際の、事業所の雰囲気・職員さんの親切な対応・具体的な設定の職業トレーニングに惹かれ、リンクビー秋葉原に入所することを決めました。

 

■通所から内定をいただくまで

通所を始めた当初は、週5日通うのが難しかったです。内部の病気の合う薬が見つかり毎月のリズムが安定したため、リンクビーに徐々に通えるようになりました。

 

Excelの関数は、リンクビーに来て、1から学びました。苦手意識がありましたが、全員が理解するまで丁寧に教えるプログラム構成になっており、VLOOKUP・ピポットテーブル・グラフの作成などの操作ができるようになりました。

 

職業トレーニングは、個人とグループで行うものの、2種類があります。職員さんや通所者さんと報連相しながら、納期までに資料を仕上げて、発表することを繰り返していきました。その中で、自身の得手・不得手などの自己理解や、他者理解が深まりました。発表後のフィードバックから内容を改善していき、学んだPC操作を用いて、クオリティをあげていくことができました。

 

私の課題であった自分の行ったことを「認める」「評価する」ことが少しずつできるようになりました。

 

通所が安定した9月頃に、職員さんから紹介を受けた製薬会社で、実習を行いました。習った関数を実際に使ったり、職業トレーニングで経験した通勤交通費計算の業務を行ったりしました。リンクビーで学んだことをそのまま活かすことができました。無事一ヶ月の実習期間を終え、実習先の担当者様から私の仕事に対しての評価をいただき、自信につながりました。

 

本格的に就職活動を開始したのは、10月頃からです。応募書類は、職員さんに56回添削をしていただき、満足いく内容に仕上げることができました。また、自身の課題や、どのような職場で働きたいかなどを職員さんや通所者さんとの話の中で整理することができました。合同面接会、事業所見学会も何度か参加しました。職員さんが同行した際には、些細なことでも相談し、参考にさせていただきました。

 

面接回数を重ねていって、二次面接に進める企業が多くなってきました。職員さんは何度も面接練習の機会を作ってくださり、相談にものってくれました。企業の面接直前に、不安でしょうがなくなり、事業所に電話したことがありました。優しいお言葉をいただいたおかげで、少し落ちついて面接に臨むことができました。沢山の方に支えられ、通所から約9ヶ月でご縁のあった企業様より内定をいただくことができました。

 

■おわりに

就職活動はとてもエネルギーを使うものです。学生時代は一人で苦しんで行った記憶があります。今回、支援者がいるということの幸せと、心強さを実感しました。入所前は自信をなくし、どんな仕事に就くかもイメージできておらず、不安でいっぱいでした。リンクビーでの訓練・職場実習・同じ障害を持つ通所者さんとの交流は、心の支えになりました。これまでの9ヶ月は、私にとって大きな財産になりました。

 

これから入社する職場では、できたことを認めて、自分のペースで仕事に臨むつもりです。ご指導、ご鞭撻ありがとうございました。



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